山
12/08/11
先週本当にあったこと。ようやく気分が落ち着いてきたので書いてみる。

山歩きに興味をもって地元の山をいくつか経験後、隣県の山に初チャレンジ、登山というよりハイキング、ウルトラライトトレッキングというやつだ。

一応最低限の装備は用意している。大雨の後で、すべりやすい岩石の多い山だった。

初めての山だったし無理はしないタチなので、頻繁に休憩を入れながらのんびり上っていた。後から登る人に抜かれても気にしない♪

大雨は去ったものの、空には暗雲がたちこめて辺りは薄暗い。天気予報は「くもりのち晴れ」だったのだが山の天気は変わりやすい。

足をとられそうな岩に気をつけながら慎重に登る。しだいに辺りはガスが濃くなってきた。

疲れて小休止しようと思い、ふと振り返ると、数メートル後ろから白いチューリップハットのオバサンが登ってくる。普段なら「お先にどうぞ♪」と先を譲るところだ。

だがそのオバサン、身なりは登山者にありがちな白っぽい服で、特におかしなところはないのだが、何となく薄気味悪い。うつむいたまま登ってきているため表情は見えない。

とっさに抜かれちゃいけないと感じた。オバサンに抜かれるのはみっともないという気持ちもあったかもしれない。

中継の休憩所まではあと10分ぐらいのはず。林の中でガスも出ているため昼だというのに辺りは薄暗い。雨まで降り出したが、雨足はそう強くない。

なに、もうすぐ休憩所だ。自分にハッパをかけて歩き出した。数十メートル歩いて振り向くとオバサンも登ってきている。

「うぜぇぇぇぇ」と心の中で舌打ちしながらペースを上げた。

すると目の前にわりと大きな木が倒れている。倒木をさけようとして濡れた石で滑り、思い切り転倒した。

「いててて失敗失敗♪」とテレ笑いでごまかしながら振り返ると、そこにいるはずのオバサンの姿が見えない。

あれ?すぐ後ろだったのに?気合入れすぎて引き離したのかな?

ともかく思い直し、再び登り始めようとした瞬間絶句した。ガスのすきまからのぞいた先は、切り立ったガケになっていた。思わずヘナヘナと座り込んだ。

もし転倒しないで調子に乗って倒木を超えていたら…おそらく体勢を整えるまもなく落ちていただろう。

道に迷ったのだ。ここはマニュアルどおり、今きた道を引き返そう。

ほどなく(100メートルぐらい?)戻ったところで分岐を見つけた。オレが登った方角には通行できないことを示すロープが張って(というか地面において)あった。

「おかしいな、登るときには気づかなかったけど、あ!」

そう、あのオバサンを発見した地点なのだ。オバサンに気をとられて見落としたのだろう。何たるドジ。きっとオバサンは正しい道を進んだのだ。

雨足が強くなってきた、急がなければ。

正しい道を登り始めてほどなく休憩所についた。幸いそんなに濡れていない。しばらくすれば乾くだろうし、雨具も持参している。

休憩所といっても要するに掘っ立て小屋なんだけど、雨風がしのげるだけでもありがたい。

軒下で休んでると、小屋の中にいた人が中に入るよう声をかけてくれたので遠慮なく中で休ませてもらうことにした。

中には6人の登山者が食事をとったり道具を手入れしたり、思い思いに過ごしている。

何となく世間話をしながらの雨宿りとなった。

「女の人はこの雨の中もう登っていかれたんですか?」

ずっと気がかりだったことを聞いてみた。先に上ったはずのオバサンがいなかったからだ。人のよさそうな年配の登山者が不思議そうな顔で答えた。

「女の人なんてだれも来とらんよ」

「え?すぐ先に女の人がいたんですが?」

「もう1時間ぐらい雨宿りしとるが来とらんね」

そんなはずはない。転倒したり引き返した時間のロスはあったけど、せいぜいオバサンに遅れをとったのは15分程度ぐらいだ。

たとえオバサンが休憩所に寄らなかったとしても、ここから登ろうとすれば中にいた人は気づいたはずだ。ある嫌な想像が頭に浮かんだ。

小1時間たったが天候は回復しない。オレは登山をあきらめて雨具を着込み、そのまま下山した。

途中イヤでもあのオバサンのことが脳裏をよぎる。

あのオバサンはもしかしたらオレを追い込んでガケから落とそうとしたのではなかったのか。だって、休憩所に行かずに引き返したのならオレとすれちがったはず。

数日間はイヤな気持ちが抜けなかった。だが、今のオレは感謝の気持ちで一杯である。あそこで転んだのはだれかが救ってくれたような気がしてならないからである。

登山道の入り口にあった神社の神様か山の神様か、それともご先祖様かはわからないが。