パラノーマルちゃんねる | 2ch怖い話まとめ

主に2ちゃんねるから怖い話等を厳選してまとめています。洒落怖、山怖、意味怖、本当にあった怖い事件、芸能人が体験した怖い話、不思議な話、実話、長編、短編、動画他

993e2483-s

776 :ユウチン:03/07/15 03:25
蝉がうるさく鳴き風鈴が心地よく鳴る、中学三年の夏休み。
周りは受験勉強だの家族旅行だので遊ぶ友達もいなかった僕は、何もせずまったりと家でかき氷を食べてました。
両親は仕事で、家は僕とおばぁちゃんだけです。
僕はふと庭を見ると、おばぁちゃんが松の木の下でイスに座り、心地よく風にあたっていました。
たまにはおばぁちゃんと話をしようと、僕もイスを持ち出し隣に座り、
「ねぇ、ばぁちゃん。昔話かなんかない?」と言いました。
おばぁちゃんはニッコリ笑って、
「こんな老いぼれの話なんか聞いても楽しくないわよ(笑)」と言いましたが、暇な僕はそれでもいいと言ってねだりました。
続きを読む

s145c

149: 可愛い奥様 2011/08/29(月) 02:14:52.45 ID:cI0vlPrxP
まだ幼稚園に入る前のこと。父と海に行って、ボートに
乗り沖にむかっていった。父はどうしてもボートに乗りたくて、
でも幼児の私を放置することはできずしょうがなくだった。
私は海が怖くて泣き叫んだ。案の定、荒れた波でボートは転覆。

放り投げられたうえに泳げなかった私は、海の中をぐるぐる回転しました。
めちゃくちゃな状態の中、冷静にその光景をみている自分が居た。
同時に母や弟、好きだった近所の犬猫の顔がうかんだ。

続きを読む

Redsugar0418039_TP_V

43 :1/4:2013/11/04(月) 16:14:42.16 ID:Xp0hUhXD0
小学校高学年の時の話。

父と母はいわゆるデキ婚。
母はかなり頭のいいほうで銀行に務めていたが、父は要領が悪くフリーターだった。
しかしなんの家族計画もせずに仕込んだのが長女(姉)。その次に私、妹が生まれた。
子育てのため母は父を信じ銀行員をやめパートになった。
だが父は母の稼ぎに頼りっきりで浮気を繰り返し薬にも手をつけ、私が10歳の頃離婚した。三人とも母についた。
昔は優しかった父の薬に染まった顔が忘れられなくて、父方の祖母の家にも近寄らなかった。
母も同じだったらしく、四人で夜逃げのようにその時の家をでた。
続きを読む

P1000380_TP_V

505: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 03/01/26 16:36
これは四国の某海岸で聞いた話です。
毎年お盆になると海で死んだ人のために陰膳というものをするそうです。
供養のために離れとか、仏間においておくそうです。
時々そのご飯が少しだけなくなっているとか
当然、猫とか誰かのいたづらなんでしょうが。
僕の友人の家でも、なくなったおじいちゃんあてにお膳を仏間に
毎年置いてあったそうです。
続きを読む

骨董

486: 本当にあった怖い名無し 2012/06/06(水) 18:58:45.89 ID:MDvy3SQS0
自分の親父と骨董の話を書きます。
親父は紡績の工場を経営していましたが、何を思ったか50歳のときにすっぱりとやめてしまい経営権から何から一切を売り払ってしまいました。

これは当時で十億近い金になり、親父は「生活には孫の代まで困らんから、これから好きなことをやらせてもらう。」
と言い出しました。
続きを読む

不思議
07/07/18
大学生になり、僕は実家を離れ下宿しながら大学へ通っていた。

人一倍オカルト好きであり、さらに人一倍怖がりでもあった僕は、一人暮らしの生活に多少なりの希望と不安を抱いていた。

……のだが、心霊現象などというイベントはそうそう起きず、大学生活を満喫していた。

事件は大学生活二年目の秋に起こった。

その日、癌で療養中だった父の危篤の報を受けた僕は、着の身着のまま、新幹線へ駆け込んだ。
続きを読む

怖がり
11/05/12
俺の妹が体験した話。

妹は幼いころから極度の恐がりのくせに霊感が強く、普通の人には見えない物をよく見て、本当に可哀想だった。

親父が他界してちょうど49日の夜、妹がお風呂から上がってふとリビングを見ると、親父がいつも座っていた席にハッキリと親父が座っているのが見えてしまったらしい。

やばいと思い目をそらしてもう一度見ると消えていた。
続きを読む

岩場

10/10/04
9年前のある日、釣りに出かけていた兄が顔を蒼白にして帰宅した。がたがた震えている兄に話を聞くと、

「怖い思いをした。〇〇ガマへは行くな。あかんぞあそこは、コワイモンがおる。」

と繰り返している。あたたかい紅茶を飲ませ、母と話を聞くとこうであった。

兄はこの時期いつも釣りに通っているリアス式の湾内にこの日も朝からでかけた。

自分たちは〇〇ガマといって、このガマというのは平家の落人が日々の生活のため塩田を切り開いた土地で、この地方にはいくつもそのような何々ガマという地名がある。

照葉樹林(しょうようじゅりん)に囲まれた湾内の水面は、鏡のように静かで湖のようにみえる。そのようなリアス式の入り組んだ小さな小さな湾のひとつが、自分たち家族が通い詰めた場所であった。

自分たちは〇〇ガマと呼んでいた。
続きを読む

人影

小学校高学年の時の話。

父と母はいわゆるデキ婚。母はかなり頭のいいほうで銀行に務めていたが、父は要領が悪くフリーターだった。

しかしなんの家族計画もせずに仕込んだのが長女(姉)。その次に私、そして妹が生まれた。

子育てのため、母は父を信じ銀行員をやめパートになった。だが父は母の稼ぎに頼りっきりで浮気を繰り返し、薬にも手をつけ、私が10歳の頃に離婚した。三人とも母についた。

昔は優しかった父の薬に染まった顔が忘れられなくて、父方の祖母の家にも近寄らなかった。母も同じだったらしく、四人で夜逃げ同然でその時の家を出た。
続きを読む

a0790_000809

100 :N.W :2005/07/25(月) 07:06:10 (p)ID:CFXfTZUN0(6)
 

久しぶりに休みが取れた。
たった2日だけど、携帯で探される事もたぶんないだろう。 
ボーナスも出た事だし、母に何か旨いものでも食わせてやろう。
そう思って京都・貴船の旅館へ電話を掛けてみた。川床のシーズン中だが、平日だったから宿が取れた。 

続きを読む
×