パラノーマルちゃんねる | 2ch怖い話まとめ

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戦争

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281 :大江戸ファミリー:04/05/01 01:00 ID:rW5WCT2B
今から10年くらい前の話なんだけど…。

当時、電車で通勤するはめになった。二駅ほどの距離。
帰りは7時くらいになる訳で、そんな遅い時間でもない。
その日も列車から降り、通路を通って改札に向かった。
で、改札に向かう途中に、反対のホームが見えるんだが、線路とホームのコンクリの引っ込んだとこに何かいる。
人が膝を抱え座りこんでる感じ…。
服装がなんつーか、戦争の時にきてた国民服?みたいの…。
ありゃ~と思ったけど、気づかんふりして改札までいった。

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314 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/12/03(木) 23:52:24.84 ID:6/BebpsC0.net
実話を元にした映画『ソハの地下水道』。

第二次世界大戦中のドイツ。
主人公「ソハ」は、下水道の修理人という職業の傍ら、
無人となったユダヤ人の家に空き巣に入ることを副業としている小悪党だった。

そんなある日、ソハは下水道隠れていた大勢のユダヤ人を発見する。
見逃してほしいと懇願するユダヤ人たち。
ソハはユダヤ人の足元を見て高額の口止め料を要求した。
それ以来、下水道のユダヤ人たちを匿って世話をすることがソハの副業となった。

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719 :本当にあった怖い名無し:04/12/19 01:10:58 ID:K/PTkqez
私が高校時代の話です。

私の高校は演劇部がすごく有名でした。
成り行きで私も演劇部に入っていたのですが、扱う作品のレベルが高いだけに練習量も半端なく、相当きつい毎日でした。
私が三年の時、四年前に上演した戦争の芝居を再び上演することなりました。
話の内容はひめゆり部隊の話で、高校生が扱うにはかなり重い作品なので、練習量はさらに増していきました。

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657: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 01/12/20 02:19
今日、というかもう昨日か、
朝電車に乗り込むと、お爺さんが話しかけてきた。
あなたは○◎町の方ですか?(私は○◎町駅から乗ったので)
私は戦時中にここにいて、憲兵隊だったんですよ…
何故か懐かしそうにその頃の話をはじめた。
私も愛想がいいので、ずっと聞いてあげた。
降りる時、お爺さんは聞いてくれてありがとうと
お礼を言った。

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295 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/12/03(木) 17:58:11.65 ID:uMc1xqWc0.net
第二次世界大戦末期、ドイツの強制収容所が連合国によって解放されたとき、
助け出された生存者の多くは飢えて死ぬ寸前だった。
兵士はすぐさま食事を用意して生存者たちに与えた。
しかし、極限まで飢えて衰弱した生存者たちの体に普通の食事は大きな負担で、
そのうえ飢えているために夢中になって際限なく食べてしまうこともあり、
食事を与えたことが原因で死亡してしまう例が後を絶たなかった。
飢えた人間に食べ物を与える、というアンパンマンにも代表される正義が行われたにも関わらず、人が死んだという話。

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713 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/11/06(木) 19:01:54.84 ID:Br/BpNrs0.net
昔テレビで観た、大量の食糧と共に餓死した植物学者の実話が壮絶だった。救いはあるけど。

第二次世界大戦中、ロシアのある都市が敵軍によって包囲された。
そこには植物の研究所があり、世界中から集められたありとあらゆる植物の種が大量に保存されていた。
敵に包囲される直前、植物学者たちは都市から脱出することを軍人から進められたが、
学者達の内三人が「種を守る」と言って研究所に残った。
この研究所の種は『いつか大災害などで世界が荒廃した際に大地に蒔く』という目的で、
未来の人類のために保存されていた。

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84 :コピペ隊新人:2005/08/15(月) 19:39:34 ID:+tAymFrY0
「【日本】外国の怖い文化【タブー】」スレより転用。

●カンボジアのポル・ポト政権、戦慄の歴史



20 :本当にあった怖い名無し:2005/03/23(水) 03:07:38 ID:nUBNjmPo0
カンボジアは北海道の2倍程度の面積の国だ。人口は現在約1千万人。
首都はプノンペン。カボチャはこの国から伝わったのでその名がついた。
カンボジアの歴史は苦難の一言に尽きる。
かの有名な遺跡、アンコールワットが建設された12世紀では、インドシナ半島で最強の国家だったものの、
その後は衰退の一途を辿った。
ベトナムやタイに領土を奪われ、第二次世界大戦渦中はフランスの植民地だった。
その状況を打破したのが、王族の血を引くシアヌークだった。
大戦後、彼は国際世論を巧みに操り、フランスから国土を解放した。1953年のことである。
この功績により彼は、『カンボジア独立の父』として民衆に敬愛されることになる。
多少独裁の色は濃いとはいえ、彼の手腕で国はそれなりに機能した。
それでも、後のポルポトによる圧政時代と比べれば格段に自由な時代で、当時を懐かしむ人々も多いという。
そう、それほどポルポトの時代は酷かったのだ。

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846 :本当にあった怖い名無し:2014/01/20(月) 14:33:20.48 ID:KWeOXP/s0
厨房の時、老人ホームの爺さまから聞いた戦争関連の話。
なので苦手な人はスルーで、あと長いので分割します。



847 :本当にあった怖い名無し:2014/01/20(月) 14:48:53.07 ID:KWeOXP/s0
爺さまは若いころ海軍にいた。
ただ海軍といっても、爺さまは艦隊勤務ではなく陸戦隊と言って陸上の戦闘を担当する部隊にいた。
で、爺さまのいた陸戦隊は開戦から南方に進出して、終戦までフィリピンにいたらしい。

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627 :1/5:2008/05/05(月) 02:01:39 ID:Jq+E3OP00
俺はサッパリなんだけど、俺の母方の家系は、どうやら見える人が多いようだ。
お袋はちょいちょい目撃談を語ってくれる。お袋の話は特に恐ろしいものではないので敢えて省く。
今日はじいさんの話だ。

俺のじいさんは零戦乗りだった。
今も存命で、飛行機好きの俺は色々と影響を受けたんだけど、
ここに書く話は、俺が直接聞いたものは一つも無い。ほぼ全てお袋からの聞き書きだ。
個人的には聞きたくて仕方が無いが、とてもできそうに無い。その理由はまた後で。

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638: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 2016/06/22(水) 05:38:39.08 ID:5hdh9Mhj0
便乗して俺も爺さんから聞いた戦時中の話をひとつ

うちの爺さんはパイロットだったらしいんだけど2回ほど墜落してるのね
その2回目の事なんだけどさ

その時は空戦中で翼をズタボロに撃ち抜かれて制御不能な状態になったんらしいんだよ
機体も大きく傾いて、これはヤバい角度で地面に叩き付けられるって感じで流石に死を覚悟したらしい

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