パラノーマルちゃんねる | 2ch怖い話まとめ

主に2ちゃんねるから怖い話等を厳選してまとめています。洒落怖、山怖、意味怖、本当にあった怖い事件、芸能人が体験した怖い話、不思議な話、実話、長編、短編、動画他

戦争

戦時中に拾ったタイムトラベラーの落し物

74:
本当にあった怖い名無し:2006/02/24(金)23:41:53ID:stQ1YKR50
俺の爺さんの話。

太平洋戦争中ナントカって島に駐屯してた時の事らしい。

なんか戦争中といってもノンビリしていられる日があったようで、名目上はパトロールとか何とか言いながら、森へ入って何となくブラブラしていたらしい。
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沖縄
08/01/15
うちの兄ちゃんの体験談です。

兄が大学時代、サークル仲間と夜中にドライブをしていた時の事。

サークル仲間とドライブ中、通りかかった所にダダっ広い駐車場があり、トイレや自販機などもあったので、トイレ休憩と運転手交代をかねてそこへ車を止め休憩する事に。

友人らはタバコを吸うため、車の外で地べたに座り、兄は運転席で夜風に当たりながら涼んでいました。
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お狐さま
11/06/22
亡きうちの婆さんが親父に語ったという話。そして俺が親父から聞いた話。

大戦末期、爺さんはのらりくらりとまぬがれていたが、ついに出征の命令がきた。

爺さんは名誉なことなどとは思えなかったらしく、もう生きてかえってはこれない、俺はもう終わりだ、と毎晩泣きながら酒浸りだったらしい。

婆さんはなんて臆病な男なんだろう、とほとほとあきれ果てていたそうだ。
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戦時中の子供たち
11/08/22
昨年定年退職したうちの祖父が聞かせてくれた話。

祖父は若いころ近畿地方のある小学校で教師をしていた。その学校に赴任して初めての夏休みのこと。

音楽が趣味の祖父は時々早朝に音楽室を借り、オルガンを弾いていた。

その日も朝早くからオルガンを楽しんでいると、いつからいたのか、音楽室の戸の前に10人ほどの子供たちがこちらを見ながらぼうっと立っていた。
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別荘
14/12/07
自分の母親の話ね。

家が長野県の某山中に古別荘を持ってて、自分が赤ん坊のとき、今から20年ぐらい前に家族でそこへ旅行いったとき。

ある日の夜、夕食を食べた後父親がスーパーに買い出しに行くと言って、自分の姉を連れて、母親と自分は別荘に残して車で山から下りていってしまった。(車で市街地までは数分のところに別荘はあった)

自分はもう寝ていたらしく、母親と二人でお留守番。そしたら夜の九時頃に、別荘のドアをたたく音がした。

母が玄関に行くと、
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戦後の左翼
13/12/08
田舎で家業継いで農機具の販売・メンテやってる。

お客には、同じ町内なのに、行くのに4時間近くかかるような山ん中に住んでるおじいちゃん、おばあちゃんもいて、修理に行ったら「泊まってがい」と言われ、そのまま泊まることもある。

そんなんだから、仲良くなって、いろんな話を聞かされるんだ。

人生の苦労話や、遠方に住んでるお孫さんの話で、たいして面白くもないけど、中にはそれまで聞いたことがないような話もあったよ。

そのおじいちゃんは、92歳でこないだ亡くなったけど、古流の免許皆伝の人で、空手やってた俺に、免状とか技術書とかいろいろ見せてくれたり、技を一通り見せてくれたりした。
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軍艦
14/07/01
祖父は若い頃、海軍士官で某大型艦の砲術(ほうじゅつ)士をしており、生還を期さない殴り込み作戦にも参加したことがあるそうです。

戦後、自宅の床の間には祖父が勤務していた艦の大きな金属製の精密模型が飾られていました。

そんな祖父も数年前に他界しました。亡くなる前は脳障害を起こし、ひどい状態でした。そして亡くなる直前に事は起こりました。

「高め二、右寄せ二…」

「近、遠」
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狐
11/08/16
小学生のときのことです。

うちの蔵で遊んでいると、雑多な物入れ箱の中からキツネのお面が出てきた。俺はそれを使って一発芸をやろうと思ったのだが、友達Aに先を越された。だが、お面を被ったAの様子がおかしい。

なにかむごむごいいながら、両手をつきだしてフラフラしている。最初こそ、ネタかと思い笑っていたのだが、こちらの声かけに反応しないAに本能的に怖くなり、お面を無理やり外した。

Aの目はうつろで、気を失っているようで、俺はすぐに母に助けを求めた。母は元麻酔の医者で、何をしたのかはわからないが、てきぱきと処置をして、すぐにAは意識を取り戻した。
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池

09/08/26
子供の頃に爺ちゃんに聞いた話を一つ。

私の爺ちゃんは若い時に軍属として中国大陸を北へ南へと鉄砲とバラした速射砲(そくしゃほう)を持って動きまわってました。

当時の行軍の話を聞くと、本当に辛かったとこぼしてました。

通常の鉄砲や弾や手りゅう弾の装備だけでもかなりの重さの上に、小隊で手分けをしてバラした速射砲を一人一人が持たないといけなかったので、とにかくそれが重かったと。

そんな感じに一人当たり何十キロもの装備を持って、ろくな道もない山の中の行軍で、しかも、水もそんなに飲まないで行軍していたので、汗が乾いて白い塩が粉の様に顔に残っていたり…
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東京駅、昔の写真

412:
遺骨1/2:2009/08/18(火)07:24:05ID:/8ZyVw820
じいちゃんが戦争で南方にいってた時の話。実話です。

日本軍は※兵站(へいたん)を軽視していたから、餓死とか病死ばっかで、本当に悲惨だったらしい。※戦場で後方に位置して、前線の部隊のために、軍需品・食糧・馬などの供給・補充や、後方連絡線の確保などを任務とする機関。その任務。
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