taki

11/08/07
20年ほど前の話なんだ。

あの頃俺は、アウトドアが大好きだった。バブルの余韻で激増したにわか好きじゃない、本物志向だ。

今思えば恥ずかしい思考だが、俺はいささか意地になってホンモノのアウトドアの達人を目指していた。

さて、ホンモノとなるため、俺が考えたのは、本にない情報の収集だった。誰も知らない絶景が見られる穴場や、誰も行かない山奥で桜の咲き誇る秘密のお花見スポット。

宿も何もない森の奥に湧き出ている温泉等々、そういう場所を知っている事に一人優越感を感じ、満足していた。そういう場所を知るために、休みになると一人自然に分け入っていた。

ある時俺は、山深い場所で県道から林道への入り口を探していた。林道は一向に見当たらず、やがて谷合に小さな川が見えた。

地図上に川はない、地図上の地形を読んでも川は近くにないはずだ。つまり迷った。まあ、よくあることだ。

林道探しに戻っても良かったが、小川に何となく興味が湧いた。トレッキング用の靴に履き替え、下り口らしき所から川原に降りてみた。

割と水量はある、澄んだ水だ。チラと魚の影がよぎる。上流に淵らしき広がりが見えたので行ってみると、いるいる!すごい数の魚影だ。

またスゴイ場所を発見した感慨に浸っていると、さらに上流から重々しい音が響いてくる事に気付いた。やった滝だ。

これはまたまためっけもんかも?興奮しながら沢登りを開始。10分程で割合大きな滝が見えてきた。落差10m程、水量も見事、滝つぼ周りは広い河原になっていて、キャンプに最高!

恐らくここは〇〇山の南西か、などと考えながら、ふと滝を見上げると人がいた。滝の上から人が身を乗り出して下を見てる。

修験者(しゅげんじゃ)の様な白い服に長い髪、年齢や性別はよく分からなかった。突然、その人が滝から落ちた。

俺は驚いて滝に駆け寄ろうとしたが、その時誰かにガッシリと右肩をつかまれた。驚いて右を見ると、大きな体格の爺さんが俺の肩をつかんでいた。

「動くな」爺さんはそれだけを言った。その目は滝の上をじっと見つめていた。俺もその視線を追って再び滝の上を見上げると、何とまた修験者がいた。

しばらく下を見て、また滝つぼに飛び降りた。恐ろしくなり、爺さんにこれは何だと聞こうとしたが、爺さんは消えていた。

周囲を見回したが、誰もいなかった。俺は恐ろしくて震えた。まだ日は高かったが、それでも恐ろしかった。

俺はきびすを返して川を下った。背後はまったく振り返らなかった。そして、アウトドアの趣味も捨てた。あれから20年になる。