猿
13/11/13
山仲間の話。

知り合いの山小屋に泊まり、酒盛りをしていた夜のことだ。玄関の方で物音がした。何だ、と様子を見に行くと、森に白い物が吸い込まれていくのが見えた。

汚れた包帯のたばだった。何か透明な筒にでも巻かれているかのように、ぐるぐる巻きになった布の筒がふらふらと空中を漂っている。

小屋から漏れる明かりで見えたのは一瞬で、すぐに木々の間に消えてしまった。

「どうした?」

振り向くと、小屋の主がつまみを下げて倉庫から戻ってきていた。奇妙な物がいたと、今見たもののことを話してみる。

主は何とも言えない顔になったという。

「かなり昔のことだがな、小屋のそばに猿が倒れていたんだ。年取っててひどいケガをしてた。群れからはぐれたか、追い出されでもしたんだろう。

つい仏心を出しちまってな。手当てして包帯まで巻いてやった。しばらくは小屋に居ついていたんだがな。その内、傷が癒えたようで、フイッと小屋からいなくなっちまった」

「野生動物ってのはたいがい、すぐに包帯なんぞむしり取って外してしまうんだがな。しかしアイツ、何を思ったのか包帯を外さなかったらしい。それから毎年、手当てした頃になるとお返しに来るんだ」

そう言って玄関を開け放つ。扉のすぐ外に、さほど多くはないが、山の果物や茸がていねいに置かれていた。

へえ、猿の恩返しか。

そう和やかな気持ちになったが、一点だけ引っ掛かる。包帯ははっきりと見えたのに、その中身の猿の姿はなぜ見えなかったのか?

「ずいぶんと前のことだって言ったろ。まず、あの猿介は当の昔に死んでるはずだ。あの時分でかなり老けてたからな。お前が見たのは、真っ当なモノじゃないんだよ」

主はしばらく森の奥を見つめていた。

「もう成仏した方がアイツのためだと思うんだがなぁ」

寂しそうにそう言いながら。