ロープ

16/07/03
小さいながら夫婦で防犯設備の株式会社を立ち上げて8期程立ち、地方銀行の大型融資も審査が通って順調に利益を伸ばしている中で、専務取締役を任せていた嫁が事故死した。

それからは仕事に身が入らなくなり、自分でも間違っていると気づきながらアポイントをすっぽかして、仏壇の前に座り込んで一日が終わったりと、もう典型的なクズ人間になっていた。

当然事業計画書通りにいくはずもなく融資は止められ、事務所も放置したままひと月引きこもり、冷静になった時にはもうそれまでの融資の返済や事業もどうしようもない所に来ていて、ああもう自殺しようと考えた。

伸びっぱなしのヒゲもそのままでホームセンターに行き、一番太いトラロープを購入して家に帰り、天井のファンに結んで洋イスの上に立った。

首にロープを回すと想像していたよりずっと恐怖はなくて、イスを蹴り転がせばもう死ぬ状態になって、走馬灯だとか自殺するには覚悟がいるだとか、そういう知識はフィクションの産物なんだとぼんやり考えていた。

そろそろ死のうと改めて足元のイスを見ようとして前方に何かいることに気づいた。

三頭身くらいのそれは、油っぽい長い髪を垂らして、髪の間から見える目はまん丸に血走っていて、口は不気味なくらいニタニタしていた。

俺の立っているイスを見ているようで、早く倒れろっていう意思を確かに感じられた。

思わず口を開けて眺めていると、俺の視線に気づいたようで目が合った。向こうも相当驚いている様子で口角が少し下がったがすぐニタニタとした口に戻って

「死ぬなら子供もらっていい?」

と中年のおやじの声で言った。状況がつかめなくてとっさに「死なない」と言ったとたんに、自分がしていることの恐ろしさに気づいた。

自分にはまだ5歳の娘がいて、嫁が死んで以来押し付けるように嫁方の実家に置き去りにしたことを初めて思い出した。

すぐにロープを首から放してイスから降りると、そいつはいなくなっていたけれど、その場にいたという確かな雰囲気が感じられた。

そのまま嫁方の実家へ行き土下座して娘を抱きしめた。娘も義理の親も泣いて許してくれた。今は借金を返しながら娘を育て営業マンとして必死に生きてる。

死んだらどうなるか分からないけれど、ああいうわけの分からない奴はちゃんといて、自分のことも娘のこともどこかから狙ってるように思ってる。