線路
13/09/23
十年くらい前、俺がまだ大学生だった時の話。

同じサークルでよくつるんでた友達が二人いた。名前はKとH。俺とHは学生寮に住んでいて、Kだけが安アパートで独り暮らしだった。

どいつも親は別に金持ちじゃないから、仕送りも衣食住でかつかつ程度だったし、大学は最後の自由時間って感じで、講義もそこそこにバイトしては遊ぶ毎日だったよ。

彼女もいない野郎三人。つるんでゲーセンやカラオケ行ったり、独り暮らしのKの家で夜通しゲームしたり、今思えば、受験戦争から解放されて精神年齢が逆戻りしたようなアホな大学生活だった。

そんなある日、いつものように三人で馬鹿話をしてるとKが「最近おもしろい夢を見る」と言い出した。連続する夢、夢の続きをまた夢で見るのだと言う。

それも毎晩見るのではなく、数日あいてまた同じような夢を見るらしい。俺とHがどんな夢かたずねると、Kは「自転車に乗っている夢」と答えた。

自転車に乗って走ってる夢で、夢の中のKは「どこか」に行かないといけないと思っていてその「どこか」を探しているらしい。

ストーリー性のある夢かと思ってたから、正直つまらねー話だと思ったよ。

それのどこがおもしろいのか、たずねたらKは「ペダルを踏む感覚や景色がすごいリアルで、夢と思えない夢だ」と興奮していた。

それからなんとなく、Kに会ったら夢の話を聞くのが俺とHの日課になった。

どっちか片方が聞いたらもう片方にも伝える。それでKに会ったらもう一度直接聞いたりして、なんだかんだでKの夢の内容は、三人で共有する形になっていた。

「昨夜は残念ながら見なかったな」とか「昨夜は海辺を走った」とか「薄暗くて山道みたいだった」とか、Kの夢に共通してるのは、それがK本人の行動として描かれることと、必ず自転車に乗っていることだった。

俺たちはおもしろがって、Kの夢をあれこれ診断しようとしたりした。占いや精神分析とかを本で調べてみたり、Kの過去や思い出を聞いてみたり。

夢が現実にある場所かもしれないとKに心当たりがないかたずねてみたが、景色を「リアルだ」と思うのはあくまで夢の中のKであって、目覚めた時に夢の景色をリアルに記憶しているわけじゃない、ということだった。

「実体験のような夢」を見てるだけで、目が覚めれば「夢は所詮夢」ってことらしい。

Kの夢に異変が起きたのは、Kから夢の話を聞くようになって一ヶ月近くたってからだった。奴はその頃、街中を走る夢を何度か見ていて、最初に聞いた時はその延長だと思ったよ。

K「昨夜は線路の横を走った」

H「昨夜も?」

K「そう、昨夜も。二夜連続!」

俺「すげえ!連夜は初めてだな」

Kは二晩続けて「線路の横を走る」夢を見ていた。街中を横断する線路で、上下二本の線路の両側は細い道路を挟んで住宅地になっているらしい。

その線路横の細い道路を自転車で走る夢だった。二晩の夢の線路は続いていて、Kは線路伝いに「どこか」へ向かっている途中だと言う。

その時のKは「ようやく目的地が見えてきた気がする」と、現実の話でもないのにやけに張り切っていた。

それから一週間くらい、俺は課題だバイトだと忙しくて、KともHとも話す機会がなかった。

大学で久しぶりにHに会ったら、Kの様子がおかしいと言う。講義を欠席してサークルにも来なくなり、電話で遊びに誘っても生返事。新しい夢についてたずねても「うーん、まぁそれなりに」としか言わなかったらしい。

後で考えると本当に直感だったんだが、俺はHからKのことを聞いたその時、ものすごく嫌な予感がした。

「とにかくKに会おう」ということになり、電話して居場所をたずねたら友達の家にいると言う。外出したくないと言うKを説得して、Kの居場所から一番近かったファミレスに呼び出した。

俺とHは先にそこへ行ってKが来るのを待ってたんだけど、店に入ってきた奴を見て俺は自分の直感が正しかったことがわかった。

Kは異様なくらいやつれていた。目の下にすごいクマを作って痩せて、ろくに寝ても食べてもいないようだった。

俺とHはしぶるKを一生懸命説得して、この一週間に何があったのか話すようにうながした。

Kは前置きに「お前らに話をすると本当になりそうで怖い」と何度も繰り返しながら、ぽつぽつと話した。それはやっぱり、例の夢の話だった。

Kが二晩続けて線路横を走る夢を見た後のこと。二日間は夢を見なかったらしい。ところが次の日から、夢は毎晩やってきてKの睡眠をおびやかした。

その日。自転車で線路横を走る。前方には踏み切りが見えてくる。

次の日。踏み切り前で電車が通り過ぎるのを待っている。自転車にまたがって、一番前で。

次の日。自転車で踏み切りを渡る。何度も何度も繰り返し渡る。

次の日。どこかの路地で自転車を降りて、踏み切りへ歩いていく。

次の日。踏み切りを歩いて渡る途中、線路の真ん中で立ち止まる。

次の日。線路の上を歩いている。踏み切りを後にして。線路をまっすぐ。

夢が進むにつれて、Kにはこの夢が何を意味するのかわかったのだろう。

夢のことを知る俺とHには相談できなかったと語った。口に出せば、正夢になりそうだったから。

Kは眠るのが怖くなった。場所を変えれば夢を見ないかもしれない。アパートを出て友達の家に転がり込んだ。

しかし、夢は毎日容赦なくやってきた。ほんのちょっとのうたた寝の隙にも。昼夜問わず一日一回必ず。正確にリアルに…

「俺は自殺の夢を見ている!」

Kは真っ青になって震えていた。

「この後は何を見せられるんだ?最後まで見たら俺はどうなるんだ?」

もちろん俺とHには、返事のしようがなかった。Kによると、夢の中のKは「明確な意志を持って」そこへ向かっているのだと言う。

現実のKに自殺願望はないのだが、夢の中のKの自我は淡々と目的を果たそうとしているのだと。俺とHはとにかく、半狂乱のKを必死でなだめた。

「現実でお前はちゃんと生きていて、自殺なんか絶対にしない。俺たちが絶対にさせないから!」

その日の夜、Kは友達の家を出て、俺たちと一緒にアパートのKの部屋へ戻った。当面は、俺とHでできる限りKから目を離さないことにしたからだ。

俺はその日、バイトが夜のシフトでどうしても代わりが見つからず、仕方なくKをHに任せて出かけた。

HはKのアパートで、Kを見張りながら一晩すごすことになった。二人には何かあったらすぐ連絡するよう念押ししていた。

バイト終わっても終電過ぎてKのアパートには戻れず、特に連絡もなかったから俺は寮で寝ることにした。

翌朝7時頃。Hから電話があった時、俺は疲れてすっかり熟睡していた。Hは「Kは無事だけど、大変なことになった。とにかく早く来てくれ!」と言う。

電話で事情を聞こうとしたが、Kをなだめるのに手こずっているようだった。Kの声もしていたが、何を言っているのかよく聞き取れなかった。俺は急いでKのアパートへ向かった。

Kは多少落ち着いたのか、泣き腫らした目でぐったり座り込んでいた。しゃべる元気もないようで、俺はほとんどの説明をHから聞くことになった。

Kは明け方に、またあの夢を見てしまったらしい。夢の中で。Kの目には、一面の、青い空が広がっていた。

線路の上に、仰向けに、寝転がって。体の下に、近付いて来る、振動を聞きながら。

俺たちは全員、もう時間がないとわかった。次の夢を見てしまったら、何か恐ろしいことが起きると思った。

Kは今確かに生きているが、これは明らかにおかしい。正夢じゃなくても、この夢は絶対に異常だ。

それで、Kをどこかの神社で御祓いしてもらおうとか、精神科で深層心理を調べるとか、催眠術?みたいなのでKの知らない記憶が見えないかとか。

いろいろ話したけど俺もHもKもそういうのに詳しくなかったし、詳しい知り合いもいなかったから、とりあえず自分たちで原因を探ることにした。

まだ朝で、そういう頼れるかもしれない場所がどこも開いてなかったのと、俺たち自身が焦っていて、とにかく何かして動いてないと不安だった。

今度は俺がKを見ることにして、昨夜寝ずの番をしたHは調査に出ることになった。眠りたくないKは俺と一緒に、Kの部屋やアパート周辺を調べる。

HはKの生活圏周辺の、線路への飛び込み自殺者情報を調べる。

当時はネット普及前で、調べると言っても駅周辺で聞き込みするか、図書館で新聞をあさるしかない。警察にこんなオカルトめいた話をして、何か情報が得られるとも思えなかった。

そもそも「いつ?どこで?死んだ奴?がKに悪夢を見せているのか?」当てのない話だしな。

でも事件が解明したのは、結果的には新聞を調べたHと、警察のおかげ?みたいな感じになった。

俺とKはアパート周辺をうろうろ歩き回っていた。Kの住むアパートは、駅や線路からは離れた場所にあった。

古い安アパートで、外観も中もオンボロだったけど、二年住んでるKは霊障なんて聞いたことがなかった。Kの部屋は一階で、裏の駐輪場に自転車を置いていた。自転車にも特に変わった所はなかった。

俺の役割は調査よりKの監視だった。フラフラするKを支えて、眠らせないよう歩かせる。とりとめないことを延々と話しかけ、返事をうながし、Kの意識が夢に沈まないように注意した。

9時に図書館へ飛び込んだHは、新聞で直近の人身事故情報を探した。Hから連絡があったのは昼頃。最近二ヶ月の事故情報は、死亡・重傷あわせて5件。

路線名や地名や地図を確認しながら、Kの記憶に残るものがないか調べた。

1件にKが反応した。二週間前に隣県で起きた死亡事故。女性の飛び込み自殺だった。

その日、Kは自転車で隣県へサイクリングに行ったと言うんだ。見るようになった夢に触発されて、急に自転車で遠出したくなったらしい。

隣県に着いて駅前に自転車を停めて、そのまま歩いて街の散策と食事に出かけた。事故はその間に起きていたのだが、数時間後に戻って自転車で帰ったKは気付かなかった。

事故を見たのはKではなく、Kの自転車だったんだ。

俺とKは図書館から戻ったHと合流して、もう一度Kの自転車を丹念に調べた。そうしたら、サドルの真下に黒っぽい物がへばりついていた。

俺たちはすぐに最寄の警察に行って、その日Kの自転車が事故現場の近くにあったこと、遺体の一部が付着しているかもしれないことを話した。

一応、簡単にだけど、妙な夢の話もした。信憑性が増すのか減るのか、判断迷ったけど一応ね。

もちろんその日のうちに警察から連絡なんか来なかったが、その晩からKの夢はピタリと止んだ。

俺とHはその夜もKの部屋にいて、おびえるKをなだめつつ、結局朝には全員つぶれてた。目が覚めて、Kは夢を見なかったことを泣いて喜んだ。

数日後、警察から連絡あった。Kの自転車に付いていたのは、被害者の目玉だったんだ…

…以上です。

本当の話かは知りません。先生の体験談ってことなので。

ただ、女性の事故死とKの夢の始まりが同時じゃないので、女性の自殺願望が生霊?みたいな感じでKに夢を見せたのか、不思議だと先生は言ってました。