夏休み
12/11/26
小学5年生の夏休みの話。

いつも一緒に遊んでる友人AとBと三人で、宿題やべーなーとか言いながらその日も遊びに出かけることにした。

だけど、夏休みじゅう遊び回ってるからどこに行こうかなかなか決まらず、なんか新しい面白い場所を見つけようぜってことになったんだ。

で、これは俺が考えた遊びで、以前から本当にヒマでしょうがないときにやっていたんだが、自転車でどこかの道からスタートして、曲がり角や十字路があったら、右、左、右…と交互に曲がっていくってだけ。

通った事のない道を見つけることもあって、どんなところに着くか分からないので実際やってみるとけっこうワクワクするんだ。

これにはいくつかルールがあって、例えば右に曲がるT字路で左に曲がらなければならない場合は直進、L字路は直線扱い、行き止まりも直線扱いにして戻る。

同じ場所に戻る(ループ)するようになったらやめるかコースを変える、大通りは危ないから次の曲がり角で内側に曲がる、校区外にあたる道は壁として考える…

などなどで、四年生の時までは校区外に遊びに行くと捕まって怒られるって話を鵜呑みにしてたんで、校区内で遊んでたんだ。

でも高学年にもなったし、ちょっと離れたところまで行ってみようぜってことで、スタート地点は近所の公園前。まだここをスタートにしたことはない場所だった。そして、俺、A、Bの順でスタート。

今にして思えば、この遊び自体が何か呪術めいたものだったのかもしれない。

俺の住んでる町はけっこう複雑な街路が特徴で、移動のルールを守りつつ俺は右、左と軽快に自転車で走っていく。

途中さっき通った道を縦断したり逆走したりする場面もあって、妙にテンション上げてゲラゲラ笑いながら俺たちは楽しく町を進んでいった。

30分ほど走ったころ、とうとう校区外に出た。でもだいたい自分たちのいる場所は分かってるし、俺たちは不安もなく初めて通る道に入った。

周囲は人家が少なくなってきて、田んぼや畑が目立つようになってきた。ちょっと郊外のゆるくくねる道。

途中であぜ道に入るコースになって、俺はガタガタする路面に気をつけながら少し速度を落とす。

何度かあぜ道を曲がったりお庄屋さんみたいなでかい家にいたる袋小路をUターンしたりしつつ進んでいくと、こんもりした緑で覆われてる小山が見えてきた。

その山にいたる道は左右に分かれるT字路で、突き当たりに石の鳥居が見えた。さすがにぶっ通しで走ってきたので、俺たちはそこでちょっと休憩することにして、鳥居の前に自転車を並べて停める。

鳥居の向こうは石の階段になってて、上には神社があるようだったが、階段からは建物は見えなかった。

階段に腰かけて、途中で買ったジュースを開けて喉をうるおす。周囲はセミの声がすごくて、大きな声を出さないと会話もできないほど。虫取り網でも持ってくりゃよかったなと話しつつ、T字路の左右を俺は見た。

鳥居に向かって右は山に沿ってあぜ道が続いていて、途中から田んぼの真ん中を突っ切って道路に出る道。左は、同じく山に沿って伸びてるけど、その先にある別の山の方へ入っていくさびしい道だった。

どうもこの先は面白いもんなさそうだなって話しつつ、階段の上の方を見ると、石の段の上が少しおかしいことに気がついた。

段には枯れた葉っぱがびっしりと積もってて、それもかなり層が厚くて葉っぱ自身がボロボロ。でも今は夏だ。

要は昨年の秋に散った葉っぱが、誰にもそうじされずに積もってるってこと。積もり具合からして、誰かが訪れてる気配もない。

でもよく見ると、50段ほどの石階段の中腹あたりにまた石の鳥居があって、そこに結界が張られていたんだ。

当時はそれが結界だなんて考えもしなかったんだが、稲わらをよって作られたらしい細い縄みたいなのが左右の柱に結ばれてて、その柱と柱の間にまっすぐ横に縄が通されてる。

縄の高さはかなり低く、当時の俺たちの首の高さぐらいで大人の腰ほどだろうか。一見して、立ち入り禁止のためのものだってことは子供心にも分かった。

そして、その縄だけえらい新しいのが遠目でも分かる。石段に踏んだ痕跡がほとんどないのに、あそこに縄を張ってる人物がいるってことだ。

とはいえ、実は俺たちの目を引いたのは葉っぱや結界の縄なんかじゃなくて、敷き詰められた葉っぱが風もないのにあちこちで小刻みに動いてるのが目に入ったからなんだが。

A「なんかおるぞ」

言われるまでもなく、俺もBもそれに気がついていた。葉っぱの下で、なんか生き物が動いている。興味をそそられた俺たちは、ジュースの缶を置いてゆっくりと石段に足を踏み入れた。

柔らかい、ふしゃっとした感触。ホントに、誰も来てないんだなというのが分かるほど手つかず状態の葉っぱを踏みしめて、ゆっくり上っていくと、葉っぱの影から茶色い指先ほどの生き物が飛び出すのが見えた。

山ガエルっていうのか?その正体は小さなカエル。まだ水から上がったばかりらしい小さなカエルたちが、葉っぱの下でチョロチョロしていて、俺たちが段を上るたびにピョコピョコ飛び出してくるんだ。

セミの声が本当にうるさくて、俺はAのところまで行って、そこでうずくまってるAに声をかけた。

俺「なあ、Bどこ行った?」

A「え?」

顔を上げたAは、周囲を見回して、Bの姿がどこにもないことに初めて気がついたようだ。セミの声のせいで、葉っぱを踏む音もほとんど聞こえない。

俺とAは、広場のあちこちを廻ってBを探した。声を上げてBを呼ぶが、返事がない。かくれんぼでもしてるのかと最初は思ってたが、いつまでたってもBが出てこないので俺とAは不安になっていった。

だけど、実をいうとその前から、正確には広場に来た時から、俺は妙な不安感を覚えていた。別にカンとか霊感が働いたとかじゃない。

俺は他の人よりも高い音の可聴域が少し広くて、いわゆる超音波の一部が聞こえる体質だ。

ブラウン管のテレビの放つ音、蚊・動物よけに使われる超音波発生装置、犬笛などが、俺には大音量で聞こえてきて頭が痛くなることもあったんだが、そんな音に近い高音が、ずっと俺の耳に届いていた。

キ―――――キキキ―――キ――――キキ―――――キキキキキキ―――――――――キ―キキキ――――――――
って感じ。はじめは、セミの声が共鳴して別の音として耳が拾ってるのかと思ったんだが、Bを探し始めてからどうも違うってことに気がついた。

A「な――の奴、も――て帰―――ね?」

俺「ええ?」

Aの声もうまく聞き取れない。

A「Bの奴、もしかして帰ったんじゃね?」

近くに来てAが声を張り上げた。
キキ――――キキキキ―――キ――キキキ―――キキキキキ――――――キ―キキキ―――キキキキ―キキ――――
やっぱり、Aにはこの音は聞こえてない。意識するようになると、頭蓋骨に直接振動を受けるようなすごい音だ。

風が吹いてきて、地面の落ち葉を揺らす。カエルが飛び跳ねる。
キ―――キキ――キキキ―――キ――――キキ―――キキキ―キキキキ――――キキキキ―キキキ――――――――

俺は急に背すじに寒いものを感じて、Aを見ながら声を上げる。

俺「下、戻ってみるか?」

A「ああ、チャリあるかどうか見れば分かるもんな」

キ―――キキ――キキキ―――キ――――キキ―――キキキ―――キキ――キ―
俺とAは、駆け足で階段を下りていく。

建物が見えなくなると、音は急に聞こえなくなった。鳥居の縄をくぐって入り口のところまで駆け降りると、俺たちが置いていた三つのジュースの缶が見える。だけど、Bの自転車はなくなっていた。

A「なんだ、やっぱあいつ帰ったんじゃないか」

俺「なんも言わずに帰るかねあんにゃろ」

俺は落ち着きを取り戻していた。Bがいなくなってるという事実は、自転車がないということで俺たちに何も言わずに勝手に帰ったということで結論づけられた。

習い事かなんか忘れてたんじゃないかとか、親と約束してたんじゃないかとか、俺とAは勝手にいろいろ想像して話しながら、その日は家に帰ることになった。

夕飯を食べて、宿題やるフリをしながらテレビを見てると、電話がかかってきた。母親が出る。少しして、受話器を抑えながら母親が俺に声をかけた。

母「ねえ、Bくんと今日遊んでなかった?」

俺は振り向いて息をのんだ。

俺「え?うん、遊んでたけど途中で帰ってった」

嫌な予感。母親は受話器の向こうに何か話しかけると、いったん電話を切って俺のところに来る。

母「Bくん、家に帰ってないんだって。どこ行ってたか教えてくれって、今お母さんから電話あったんだけど」

俺はざわっと背すじに来るものを感じつつ、正直に昼間のことを話した。

AとBとで適当に走ってたら〇〇のほうの神社に着いて、そこで遊んでたらBがいなくなったので下りてみたら自転車がなくなってた。

Bの姿は確認できなかったけど、自転車がなくなってたから帰ったんだとばかり思ってた。Aにも聞いてみてくれ。

そんな説明を聞いて、母親はBの家に電話をかけた。俺が言ったことを説明して、Aの家にも電話してみてくれと言って切る。

夜9時を廻って父親が帰ってきて、母親と一緒にBのことを説明する。Bは親父もよく知ってたので、心配して父親も電話をかけたが、Bはまだ戻ってきていなかった。

警察に相談した方がいいと言って切り、父親は地図を取り出して俺たちが遊びに行った場所はどこかと聞いてきた。俺がそこを示すと、父親はBの家に行ってくると言って家を出て行った。

俺は不安で、同時に後悔の念にさいなまれていた。なんでBがどこに行ったか確認せずに帰ってきたのか、Bの家に行って事情を話さなかったのか。

今となってはもう遅いが、俺が不安そうに時計を見てると、母親があとはお母さんたちが探すから、とりあえず今日は寝なさいって言われて、俺は部屋で布団を敷いて寝た。

でも、精神が高ぶって寝られるわけがない。おまけに神社での光景、あの変な音が頭の中によみがえってきて、怖くて布団かぶってじっと耐えてたよ。

だけどだんだん意識が薄れてきて、俺は寝てるんだか起きてるんだか分からない状態で変な夢をいっぱい見て、気がつくと朝になっていた。

起き出して居間に行くと、父親がすでに起きて新聞を読んでいた。俺を見ると、父親はちょっと疲れた表情で、俺を呼んだ。

Bは、結局警察と両親たちが捜索して見つかったらしい。

それも、あの神社から左に曲がっていった先の、かなり奥の方にある山道で一人泣いていることろを発見されたそうだ。自転車のチェーンが外れていて、どうにもできなかったらしい。

で、Bいわく「俺とAが突然何も言わずに階段を下りていって自転車に乗ろうとするから、自分もあわててついていった。

山の方に向かって俺とAはすごいスピードで走っていって、ついていくのがやっとだった。

山道にさしかかって地面がガタガタになってて、Bはそっちに気を取られてるうちに俺とAを見失い、あわてて転倒、チェーンが外れて山の中で泣いていた」

そうだ。本当かウソかは分からないし、Bは少なくともずっとそう言っていた。だけど俺とAはそんなことはしていないし、あの道の向こうがどうなってるかなんて知らない。

結局、俺とAか、Bのどちらかがウソを言ってるんだけどまあ無事だったんだし、とやかく言うまいということで少し怒られただけで、大人たちは納得したようだった。

俺たち三人は、夏休みが終わるまでちょっと一緒に遊ぶのをひかえていたが、二学期からは普通にまた遊ぶようになった。

あれからずいぶんたって、例の神社の周りは田んぼが埋め立てられて新興住宅街に変わっていった。

つい先日、仕事で車を走らせているときに、あの神社が建っていた小山に重機が入っているのが見えて、思わず車を停めてその工事現場に行ってみた。

あの階段も、鳥居も、建物も、すべて壊されて山を削って埋め立て用の土砂にしつつ更地にする計画みたいだ。

無数にいたカエルたちはどうなったろう。あの広場ももう影も形もない。ふと子供のころの不思議な体験を思い出した次第。

終わり



228:本当にあった怖い名無し:2012/12/02(日)01:08:59.52ID:/OUZupQO0
自分のガキの頃を思い出したわ。
自転車で友達と色んなとこ行ってたよなあ…

読み応えあって面白かった。