蔵
05/09/07
地元の話。

私の実家の近所にある旧家、T家は地元でも有名な伝統ある味噌屋です。田舎ですが、それこそ何代も続いているような由緒正しい家柄のようです。

そこに、30歳くらいの長男がいるんです。私は全然面識はないけど。

もう7~8年前に、そこの長男が狂ったんですよ。というか、正確に言うと7~8年前にそこの長男がおかしくなっているのを見たんです。

確かそんなに遅くない夜でした。私はスーファミをやってたんです。そしたらどこからか

「うぅー、うぅー」

「うあうううー、あうううー」

といったカンジの声が聞こえるんですよ。そうですね、例えるなら子供がねだったものを買ってもらえずにグズっている時のような声ですね。

最初はイヌの遠吠えかとも思いましたが、どうも人の声に聞こえるので気味が悪くなってきて1階に下りていったんです。

すると母親も不思議がって、どこから聞こえてくるのかを探って縁側をうろうろしていました。

「なんだろね」「外からだよね」

と言いながらも結局わからずに2階の自分の部屋に戻りました。

しかし声がぜんぜんやまないので、いよいよ気持ちが悪くなってきて窓から外を覗いてみたんです。声の方向を耳で探ると、どうも味噌屋のT家から。

T家自慢のいくつもあるデカい蔵(味噌樽が置いてあるのでしょう)がウチから見えるんですが、そこの一番奥まった場所に建つ蔵の天窓に、なにかがうごめいているのが見えました。

暗くてハッキリと見えたわけではありませんが、それが人間であることはわかりました。

天窓の格子の間からせいいっぱい両手を出して、泣きながら壁をひっかいているんですよ。それも、ものすごい勢いでがりがりがりがりと。「出たい出たい」って感じです。

私はとにかくビビって、急いで母親を呼んできてそいつを見せると、

「あれはきっとTさんちの長男だ」

と言うんです。

詳しく聞いたところ、小さい頃はよく見かけたんだけど、ここ何年も姿を見ていなかったこと。

噂ではT家の奥さんがどうしても長男を東大に入れようとして、長男は受験ノイローゼでおかしくなったらしいとのこと。

蔵のひとつを部屋としてあてがい(つまり監禁)、長男がおかしくなったのを必死に隠しているらしいこと。あくまで噂であいまいなのですが、こんなことを教えてくれました。

話を聞いている間も長男はがりがりがりがりと必死です。

ハムスター飼ってた人ならわかると思うけど、ゲージの入口から必死に這い出そうとするじゃないですか。あれにそっくりなんです。

これは尋常じゃないと思った私は、母親に

「Tさんちに行こうよ、あれ普通じゃない」

と言ったのですが

「やめとけ、絶対中に入れてくれないから」

の一点張りで動こうとはしてくれませんでした。私は女だし度胸もないから、1人でTさんちに行くこともためらわれました。

「じゃあ警察に電話を」

と食い下がると

「騒ぎを大きくするな、あそこの家はあれでいいんだ」

と強くさとされました。

T家は四方がすべて広い畑で囲まれていて、近くの家は私んちぐらいしかないんです。つまりこれ(蔵の中の長男)に気づいているのは私んちだけなんです。

母親はウチさえ黙ってりゃいいと言うのですが、でも私は必死に壁をがりがりやるあの人影がとにかくかわいそうで、

「じゃあいいよ、あたしが行ってくるよ」

と、止める母親を無視して家を飛び出していったんです。

T家のすごくがっちりしたいかつい門の前で何度もブザーを押して

「すみません!お宅の蔵の中に人がいるようなんですが!!」

と叫びましたが全く応答はありませんでした。すごく怖かったのですが、思い切って

「警察を呼びますよ!!」

と叫びました。するとやっと返事があったんです。

『なんでもありません!!おひきとりください!!!』

と一言だけ…。

仕方なく帰ろうとした時には、あんなに叫んでいた長男(?)の声はウソのようにやんでいました。そしてその後私が家を出るまで、あの声を聞くことはありませんでした。

T家の長男は、私の母親の話によれば今年30歳になることになります。まだあの大きな黒い蔵のなかにいるんでしょうか。もちろん、生きていればの話ですが。。。

*先日お盆の際に帰省して母親にその話をふりましたが、やはりその後声が聞こえることはないそうです。。

オチなしすみません。