包丁
15/11/26
母の話。母は父を早くに亡くし、十代の頃は、いわゆる不良というやつだった。

高校生だった母はその日、祖母は夜勤の仕事に出掛け、弟(叔父)が部活の合宿でいなかったので、不良仲間を数人自分の住む団地へ呼び、酒にタバコとワイワイ騒ぎ狂っていた。

深夜の2時を過ぎた頃、ピンポーンとチャイムのなる音が聞こえた。こんな時間に誰だと母がチェーンロックの掛かったドアを開けると、そこには見覚えのないじいさんが1人立っていた。

すると「誰やー?」と不良仲間の1人のAが母の隣にやってきた。

「なんやねんお前?」

と母がじいさんにガンをつけると、じいさんは

「自分は下の階の者だが、少し騒ぎすぎじゃないか」

と母に言った。

団地のあるある話なのかな。下の階の住人が、騒いでいる上の階の住人に苦情を言いに来たようだった。Aは酔いが回っていたのか

「なんで、お前にそんなこと言われなあかんのや」

と完全にキレてしまい、今にもじいさんにつかみかかろうとしていた。すると、さっきまでガンを飛ばしていた母が

「すみません!」

といきなり頭を下げた。

「なんでお前がコイツに謝るんじゃあ!」

Aはさらにカッとなったが、それも母は必死におさえつけ、

「もう静かにしますんで。お騒がせしました。」

とさらにじいさんに謝り続けた。
すると、じいさんも納得したのか

「これからは気をつけてくれ。」

と言い、階段を降りていく。母もドアを閉めた。納得のいかないAは

「なんでお前あんな謝っとるんじゃ!」

と母を巻くしたてたが、母の様子は完全に参った…というものだった。おかしいと思ったAが「どうしたんや」と母を問い詰めると、母は言った。

「チェーンしてたし、あんたのいた位置じゃ見えんかったんやろうけど、あのじいさん、右手に包丁持ってた。」