トイレ
13/11/02
三か月前のことだ。

朝起きたら下痢気味だったんだが、時間がなかったんで家を出た。

駅までガマンしたもののやっぱりダメで、しかたないから携帯で会社に遅刻の連絡をして駅の便所に入った。

そしたら家ではまだ軟便程度だったのが、完全な水状便でぴゅぴゅぴゅーびちちち。それでも腹の痛みは治まってきた。

トイレを出たら薬局に行って正露丸を買おうと考えてたら、便所のドアの外で

「はい、ごめんなさいね」

という男の声がした。

ドアノブを外からひねってるようにカタカタ鍵が動いてたが、その鍵の部分が一瞬で丸く煙をあげて燃えだし、カラチャンという音とともに床に落ちた。

何事かとあわてて尻をふいて立ち上がろうとしたら、おもむろにドアが開いて

「あ、ごめんなさい。どうぞそのまま」

と言いながら若い男が入ってきた。

「何だよ、あんた」

ズボンを上げようとすると、男がポケットからポインターのようなものを出して俺に向けた。すると俺はズボンをおろしたまま、立ち上がろうと中腰になった状態でまったく動けなくなった。

男は

「さ、みなさま。ちょっと見にくいかもしれませんが、これが排便というものです」

と言ってドアをいっぱいまで開いた。体はびくとも動かないが声は聞こえた。

男の後ろの便所の通路には家族連れと思われる男女が4人いた。みな興味深そうにこちらをのぞき込んでいる。

日本人には見えず、色が浅黒いが黒人ではなく、このあたりに多いアラブ人でもなく、ブラジルあたりの人のようだ。

40代くらいの夫婦と男女の子供。どいつも太っていて、奇妙なことに頭に針金とモールで作った触覚のようなのをつけていた。

男は

「驚いたでしょう、すぐ済みますから。ツアーの最後なんですが、どうしても地球人の排便を見たいというリクエストなので。だいじょうぶ、結界を張ってあるので、他の地球人はこのトイレには入りません」

と俺に向かって言い、後ろを振り返って、

「これが排便です。どうぞご覧になってください」

と体をあけた。すると4人がせまい個室に入ってこようとしたが、太ってて無理なようだった。

「ご主人様と息子さん、奥様とお嬢様のペアでどうぞ」

と男が仕切ると、体の大きさが違うだけで顔立ちのよく似た父子が個室内に入ってきた。男はドアのあたりから、俺の股下の洋式便器の中にポインターをあてて、

「これが大便です。…ちょっとやわらかいですね。本当はもっと粘性が高いのですが、こういう場合は水状便と言います。体の調子が悪いときに出ます」

と説明すると、二人は口を丸くして「オー」と言った。

「排泄の様子も見たいでしょう」

男がポインターをいじって俺に向けたら、体は動かないものの、中腰のまま肛門から勢いよく下痢便が噴き出した。かなりの部分がおろしたパンツとズボンにかかった。

「ちょっとしゃがんでください。ほら穴からピュッピュと便が出ているでしょう。これを肛門といいます。ほら坊ちゃん、ひくひく動いてますよ、不思議でしょう。みなさまにはありませんからね」

顔が動かないんでよくわからないが、どうやら俺の肛門にポインターをあてているようだ。

「どうです、堪能なされましたか」

男はそう言い、今度は母と娘のペアが入ってきて、ひとしきり同じことがくり返された。この間5分くらいだったと思う。

男は改まった感じで

「ありがとうございました」

と言い、またポインターを操作すると、俺は中腰からドスンと汚れた便器に座り込む形になった。しかし体はまだ動かない。

「ご迷惑をおかけしました。体はあと地球時間で5分もすれば動くようになります」

そう言ってカバンから紙袋を出し、

「この中に300万円入っています。ご迷惑代です」

と便所の床に置いた。

「ではごゆっくりどうぞ」

男は家族連れをうながすと、ゆっくりとドアを閉めた。…ふとわれに返ると体が動くようになっていた。

不思議なことにさっき焼け落ちたはずの個室の鍵が元に戻っていて、焼け焦げ一つない。夢を見ていたのだろうか。

しかしさっき男が置いていった紙袋が足もとに残っていた。中を確かめると「100万円こども銀行」と印刷されたおもちゃのお金が3枚入っていた。

ウンコまみれのままどうにか家に帰って、その日は会社を休んでしまった。

それから二日後、親類宅に訪問に来ていたブラジル人親子4名が行方不明になった、というニュースをテレビで見た。

犯罪にまきこまれた可能性があると報じていたが、顔写真が出なかったので、トイレで俺を観察したあの家族かどうかはわからない。

あれ以来ずっと肛門に違和感があって、病院に行って検査を受けたら直腸がんと診断された。