パラノーマルちゃんねる | 2ch怖い話まとめ

主に2ちゃんねるから怖い話等を厳選してまとめています。洒落怖、山怖、意味怖、本当にあった怖い事件、芸能人が体験した怖い話、不思議な話、実話、長編、短編、動画他

2016年05月

市松人形

06/08/03
実話というか、母から聞いた話。肉親の話だから嘘じゃないとは思う。母の昔の記憶だから、多少あいまいなところはあるかもしれないけど。

母がまだ子供の頃なんだけど、遊んで家に帰ってきたら、居間の雰囲気がいつもと違う。

そのときは家に誰もいなくて、母一人。で、何が違うのかよくよく考えたら、飾ってあった人形の位置が変わってたんだと。

普段はサイドボード?(食器棚みたいなやつ)の中に入れて飾ってるはずが、なぜか床にうつぶせの状態で落ちてたらしい。

母の母(俺のばあちゃんな)は几帳面な人だったから、人形を放り出してどっか出かけるなんてありえない。母はそう考えて最初は泥棒が入ったんじゃないかと疑ったんだそうだ。
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日本家屋

02/01/16
ウチの両親、オレが小さいときから共働き。で、小学校卒業まで日中は母の実家で育てられておりました。

その実家というのが創業百数十年の老舗の鰻屋。昼時はもちろんてんやわんやの大忙し、そんな時でも幼いオレは独りでおとなしく遊ぶことの多い子どもだったとか。

で、幼稚園に上がる前の記憶、時は昼。店舗部分と住居部分の境に位置する大きな倉庫、その入り口にある年代モノの大きな「米びつ」の中を覗くと、珍しく中は空。

昼時ゆえ大人たちの目もオレには届かない。何の迷いもなくその中へ入ってみる。頭上から蓋を閉めるとき、もうもうと立ち込める鰻の煙であたりが白けて見えたのを覚えている。

漆黒の闇。
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Sombre dimanche-Damia

現在では簡単に聴く事が出来るのだが、かつて自殺ソングとまで言われた曲があるのをご存知だろうか。

歌詞が暗く、それが自殺をうながした原因と言われるのだが、少なくとも世界中で100人以上の人がこの曲に関わって自殺をしているのです。みなさまはどのように考えられるのだろうか。

『暗い日曜日』は、1932年にルッツオ・スレスが作曲したシャンソンの名曲である。だが、これほど自殺に関わった歴史を持つ曲は他に存在しないだろう。

ハンガリーの首都、ブダペストで、若い青年がこの曲の演奏をバンドに頼んだ。彼はシャンパンを飲みながら曲を聴いていた。

その後、勘定を済ませた彼は突然ピストルを取り出し、こめかみを撃ち、その場で自殺をした。
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池

09/08/26
子供の頃に爺ちゃんに聞いた話を一つ。

私の爺ちゃんは若い時に軍属として中国大陸を北へ南へと鉄砲とバラした速射砲(そくしゃほう)を持って動きまわってました。

当時の行軍の話を聞くと、本当に辛かったとこぼしてました。

通常の鉄砲や弾や手りゅう弾の装備だけでもかなりの重さの上に、小隊で手分けをしてバラした速射砲を一人一人が持たないといけなかったので、とにかくそれが重かったと。

そんな感じに一人当たり何十キロもの装備を持って、ろくな道もない山の中の行軍で、しかも、水もそんなに飲まないで行軍していたので、汗が乾いて白い塩が粉の様に顔に残っていたり…
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肉片

11/06/07
自分のバイト先での話。

ホテルのシーツや布団、商業用の玄関マットとかリースしてる所なんだけどすごい数を洗うから巨大洗濯機や巨大乾燥機、巨大アイロンとかあるわけ。

基本観光地なので忙しい時は土日もないし、夜も操業する場合もある。乾燥機なんかはセットして深夜も稼動してる。

で、玄関マットを大量に乾かす乾燥機に夜、人が落ちたのね。でも、目撃した人がいなくて一晩中回っちゃったらしい。
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野菜

04/05/18
小学校の頃、帰りが遅くなったので近道に農道みたいなとこを通っていた時。途中、つぶれかけの農具入れみたいな小屋の前に変なものがあった。

一輪の荷車の上に、カブみたいな野菜が乗ってたんだけど、奇妙な事にそれには葉っぱの部分がなかった。多少泥の付いた白い部分だけ。

カブを半分に切ったものを二つあわせたみたいになってて、両端には根っこみたいなものも付いてた。何だろう?と思って近づいてよく見てみようとした時、その野菜に"目"が付いているのがわかった。
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兄弟

03/08/01
俺には昔弟がいた。7歳年下で、兄バカって言われるくらい可愛がってた。弟も俺によくなついてて、近所でも評判の仲の良さだった。

中学の修学旅行に行く朝、弟が行くなと言って泣き出した。小学校の時もあったことなので、困ったなーと思いつつも特別驚いたりはしなかった。

俺が行ってる間マイケル(犬)の世話頼むなーとか言ってなだめて、ようやく出発した。

一日目の夕方、弟に呼ばれた気がして振り返るがいるわけがない。俺も気にしすぎかな、と思ってたんだけど、なんとなく心配になって夜に宿舎の電話で家にかけた。
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雨

04/05/25
2年前の話。

今もいる所なんですが、木造の小さいアパートの2階に住んでいて、部屋は8畳一間。中から見て玄関の左にトイレ、右に台所があるよくあるタイプの貧乏畳部屋。

その日はとても暑く、バイトもやめて真っ昼間から部屋でまったりしていたら玄関の方から「〇〇さん」と小さな女の声がした。

また宗教か…って思いながら「はぁい」って、だるそうに振りかえって玄関を見ると、台所のすぐ上の小窓からこっちを見てるやせた年配の女がいた。
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猿

06/05/17
ウチの爺さんのオヤジだか爺さんだか、つまり俺のひい爺さんだかひいひい爺さんだか、ちょっとはっきりしないんだけど、そのあたりの人が体験したっていう話を自分が子供のころ、爺さんから聞いた話。

もう爺さんも死んでて、事実関係とか調べようもないんだけど、仮にそのひいひい爺さんをGさんとしておく。

Gさんはある関西の地方都市の人で、今で言う市役所の戸籍係みたいな、そういう仕事をずっとしてたらしいのね。

当時は市じゃなくて、町だか村だかかもしれないし、県庁とかの役所なのかもしれないけど、俺には詳しいことはわからない。
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おばあちゃん

08/05/22
私は大変なおばあちゃんっ子で、中学になってもよく祖母の家に遊びに行っていました。

父方の祖母なのですが、父親は私が幼いころに不慮の事故で死去していました。祖父を早くに亡くした祖母は、唯一の血縁者だと言って私をとても可愛がってくれました。

しかし母親はあまり祖母と仲が良くなかったのか、一度も一緒に祖母の家に入ることはありませんでした。

私は毎週日曜日の午前中に、祖母と神社にお参りに行くのを日課としていました。大変信心深い人だったので、雨の日でも必ず行き、父が他界して間もないころから欠かすことはありませんでした。

祖母とつないだ手はとても温かく、私はお参りが大好きでした。祖母はいつも手を合わして、深々と礼をし、ずいぶん長い間目を閉じてお祈りをしていました。
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