狂気

以前勤めていた会社で起きた怪電話の話です。

私は1年前まで札幌にある某会社でSE(システムエンジニア)として働いていました(現在は退職済み)

3年ほど前のある日、同僚たちが客先に出払って、ひと気の少なくなった夕方のことだったと思います。

私はパソコンのモニターと睨めっこしながら、プログラムのコーディングを行なっていました。と、そこに一本の電話が(私は当時若手で後輩もおらず、自然と私が電話番を担当していました)

「はい、〇〇〇(うちの会社の名前)です」

「………」

しかし、相手は何もしゃべりません。無言電話です。しばらくしても何の応答もないので、私は電話を切りました。

当時、これとはまったく無関係と思われる、ちょっと不思議な無言電話も、ごくたまに掛かって来ていたので、それかなと思っていました。

受話器を置くと、再び電話。受話器を取り上げると、また無言。それも切ってしばらくすると、三度無言電話が掛かって来ました。ナンバーディスプレイを見ると、先の2回と同じ番号です。

変な電話だな、と思っていましたが、私はこの時、ふとこのまましばらく無言電話を繋いだまま、放置してみたらどうなるだろうと思いつきました。

というのは、無言電話の先から、何か息遣いのようなものを聞いた気がしたからで、無言電話と対峙する機会など滅多にないので、ちょっと実験してみようと考えたのです。

職場は人が出払っていて閑散としているし、電話回線は何本もあるし、コーディングは無言電話を聞きながらでも出来る。

そう思い、しばらく受話器を肩で抑えながら、2分ほどコーディングをした時のことでした。

「…アハハハハハハハハハ!!待ち過ぎィィィィイイイ!!アハハハヒヒヒヒハハハハハ!!!!!」

若い男の声で、狂った笑い声が聞こえてきたかと思うと、その電話はブツッと切れてしまいました。

私が驚いていると、またしても電話が掛かってきました。ナンバーディスプレイは、またしても同じ番号。またあの変な電話だろうか…と思い受話器を取ると、今度はまったく別の声が聞こえました。

「もしもし。本当にすみません、わたくし、〇〇と申しますが…うちのSをお願い致します、すみません…」

聞こえてきたのは、先ほどの若い男とは全く違う、疲れたような年老いた女性の声でした。女性はしきりに謝りながら、Sさんを呼び出しました。

Sさんというのは、私の会社の先輩社員で、入社したての頃、東京で行われたプロジェクトに出張して仕事をした時に少しお世話になったきりの人で、札幌にいる時も勤務場所が違うため、普段からあまり見かけない人でした。

その日はそれ以上は何もありませんでしたが、それからしばらくたって、Sさんは退職してしまいました。

ほとんど付き合いのない人でしたし、退職された理由も全くわかりませんでした。

ただ、あの怪電話があった後、Sさんがひと気のない廊下で、携帯電話片手に何か深刻そうな顔で話をしているのを見たことがあります。

仕事の電話であれば、職場でするでしょうから、私用の電話だったのだと思います。

果たしてその深刻そうな電話の内容や、退職した理由が、あの怪電話と何か関係があるったのかどうか?

今となっては、もはや確かめる方法もなくなってしまいました。(終)