バルンガ

19/02/28
10年ほど前の、夏のことだ。俺は勤務先で一人でデスクワークをしていた。

昼過ぎのことだったと思う。ふと気付いたんだが、妙に静かだ。なんか、周辺の都市音が聞こえてこないんだ。

気になって外に出てみた。そのまま15分くらい、空を見上げていた。

建物の輪郭で区切られた空は、びっしりとバルンガたちで覆い尽くされていた。バルンガを知らない人は検索してみてほしい。

円谷プロが手がけたウルトラシリーズの第1作「ウルトラQ」に登場した宇宙生命体だ。灰色の雲のような全身に短い触手を生やしている。

頭上のバルンガたちに触手が生えているわけではないが、雲の隙間からときおり吹き出す下降気流は、頭足類のうごめきのようだ。

これほど静かなのは、都市交通につきものの反響が、雲底に吸収されているからだろう。つまり、雲は、かなり低い。

しばらく見惚れていたが、仕事に戻った。しばらくパソコン作業を続けていると、雷雨が始まった。慌てて機器類の電源をきった。

雷雨そのものの規模としても、これまで経験したことのないものだったが、自分のいる建物の特殊性がそれに拍車をかけていた。

構造の大部分が鉄板と鉄骨だけで出来ていて、、、やっぱり詳細は伏せる。とにかく自然災害というより戦争映画や怪獣映画のなかにいるようだった。

しばらく陶然として大音響と振動と窓からの閃光を堪能していたが、20分ほどでそれも終わった。

とりあえず戸外に出てみた。もう夕刻だ。空気中のチリは全て叩き落とされて、何もかもクリアに見えた。

西の空はオレンジから紺色までの美しいグラデーションを現していて、しばらく何も考えずに眺めていたのだが、静かに暮れゆく藤色の空に、いきなり黄金の花が咲いたんだ。

中心点に閃光が走ってからガラス板の弾痕のように広がって消えるまでたぶん0.3秒程度、数秒経って遠雷音が響いた。

雲一つない空に稲妻が走り、その延長線上にたまたま自分がいたという経験はもちろん初めてのことで、今後体験することもないだろうと思う。

家に帰ってTVをつけるとこの話題がトップニュースで、近隣地方で人死も出ていた。

ゲリラ豪雨という言葉がマスコミに現れだした頃の出来事だ。バルンガたちの正式名称は、乳房雲というらしい。


おまけ(落雷の瞬間まとめ動画)


投稿者:空蝉様