工事

09/08/07
『はじまり』

かれこれ十年ちょい前の話です。横浜にあった内装工事屋で見習工みたいな感じの仕事をしてた時の話です。 

都内のあるマンションの洋間の改修工事の依頼が来ました。 
築年数はその当時で10年前後でしょうか、割と名のある通りに面したごく普通の外観でした。依頼された方は二年前に購入されたそうです。 

現場は一階でした。八畳ほどの洋間の床と壁紙の張り替えが主な内容です。 
依頼を請け、現調に行った時に家主から相談を受けました。 
「床下からたまに物音が聴こえる」 
現場は一階だった事もあり、躯体の隙間から鼠等が入り込むケース(鉄筋やモルタル工では稀ですが)もあるので原因を突き止めて補修します、と対応しました。 

工期初日。依頼主が在宅のままでの改修工事でしたので、洋間にある家具等を廊下に運び出し、私はクロス剥がし、床職人がフローリングを剥がし始めました。 

作業を始めてしばらくして職人さんから呼ばれて、半分程剥き出しになったコンクリ躯体の床下を見ました。 
躯体にフローリングを直に張る施工ではなく、躯体直から少し隙間を作り、フローリングとの間に防音材や断熱材を入れる施工でした。 
しかし、窓のある側の一列の部分だけそれら床下材が入っておらず、確かに何か引き摺ったような、這いずったような跡が埃やおが屑の上に残っていました。 
鼠等の小動物を想像していたのですが、残っている跡は猫ぐらいの太さのものでした。 
作業報告書用の写真を撮り、残りの床材を剥がす作業の手伝いをしていた時でした。例の一画の一番角に何かがいました。 
人形でした。 

市松人形とでも呼ぶのでしょうか、オカッパの黒髪の着物を着た人形です。 
埃にまみれていたせいもあると思いますが年代物のような古めかしい印象を受けました。 

人形はうつ伏せの状態で置かれており、体に毛糸のような紐でぐるぐる巻きにされていました。 
拾い上げて表に反してみると、巻き付けられた紐は細長い紙に墨字で書かれたお札か護符のようなものと人形を括り着けている事が分かりました。 

職人さんが何かに気が付いて、私ももう一度床下の擦り跡を見ると、擦った跡は一筆書きの様に一筋に連なっているようでした。 
そして、その一端は先程拾い上げた人形の置いてあったところで止まっていました。 
私はきっと、前に施工に入った(もしくは建築当初の)業者が、床を塞ぐ前に仕掛けた悪ふざけだと思い、悪趣味なことをするものだ、と呆れていました。 

取り敢えず作業を進めないとならないので、人形は出窓の上に置き、仕事を再開しました。 
結局、全て床を取り除いて躯体の隙間を探したが見付からず、一部防音材が入って無かった事が原因による、 
躯体とフローリングの間に出来た空間が他部屋の音を反響させたのではないかと結論付けました。 

夕方になり、家主の奥さんがパートから戻り、作業をしている私達の部屋に挨拶に来ました。 
しかし、部屋の入り口に来るなり、そこの前で立ち止まりました。どうやら出窓に置いてある人形を見て、硬直したように立ち竦んでいるようでした。 
この時私は、部屋の入り口付近で作業をしていたのですが、奥さんが「なんで、ここに?」と、か細く呟いたのを聞き逃しませんでした。 

人形は今回剥がした床下に以前から放置されていた事を説明し、残材と一緒にこちらで処分する旨を伝えたところ、人形は自分らで処置したいので譲って欲しいと言われました。 
断わる理由も無いので、私は出窓から人形を取り、奥さんに渡そうとした時でした。 
私の手から人形が逃げ出しました。 
逃げ出した、と感じたのは、明らかに手のひらの中で小さな突起物の様な感触が二つ、ぐいっと中から押されるのを感じたからです。 
抱き抱えた子供がイヤイヤをして両腕を突っ張ねるような感じに似ていました。 

人形はそのまま下に落ち、奥さんの足下まで転がって行きました。 
突然の出来事で私も動揺しましたが、奥さんは私以上に動揺なされたみたいで、小さく悲鳴を上げてその場でへたり込んでしまいました。 
驚かしてしまった事を謝罪しましたが、奥さんは無言のまま人形を持ってふらふらと他の部屋へ入られてしまいました。 

私達はまた作業に戻ったのですが、奥さんは誰かと電話で話をしているらしく、部屋から時折「私だって分からないわよ!」とか荒げた声が聴こえて来ました。 
予定内の作業も無事終え、そろそろ終業しようとしていると、今度はご主人が帰宅されました。 
ご主人は私達に会釈程度の挨拶をし、そのまま先程奥さんが入って行った部屋に慌てた様子で入って行きました。 
今度はご主人の荒げた声が響いてきました。細かい内容は勿論聴こえては来ませんが、「なんで、なんで!」とご主人の荒げた声と、奥さんのすすり泣く声がこちらまで聴こえて来ます。 

職人さんと顔を見合わせ、どうしたものかと成り行きを案じていると、ご主人が部屋から出て来られました。 
急用が出来て家を留守にするので工事を3、4日ずらして欲しい、との相談でした。 
こちらでの改修工事後に別現場の改装工事があったので、営業から連絡をさせ、再開については再度打合せをお願いしました。 


そして、この日を最後に再びこのお宅に伺う事はありませんでした。 
お客様との連絡が取れず、ご近隣の方に事情を説明したところ、どうやら行方不明だそうでした。 


月日は流れ、あの時、何故、あの夫婦が怯えていたのか、私には分かります。 

結論から申し上げると、あの時の人形は、今、私の手元にあります。 

ここ数年、色々な事が起こり過ぎて、私もさすがに負けそうです。 
あれから私の身に何が起きたのか? 
宜しければこの場をお借りし、お付き合い下されば、と願います。 

体調が良い時にまたお話させて下さい。 

それでは。 


引用元:https://anchorage.5ch.net/test/read.cgi/occult/1249333602/