松林
07/04/02
高校三年の夏休み、受験勉強にも飽きた私は、ザックにわずかな着替えと寝袋を突っ込んで千葉の方に、2~3日のつもりで旅行に出掛けました。

旅行といっても、ただなんとなく海が見たかっただけの、大して金も持たず、鈍行列車で行くささやかな旅でした。

とりあえずの目的地は犬吠埼(いぬぼうさき)、九十九里浜(くじゅうくりはま)。

銚子(ちょうし)を起点に国道(県道なのかもしれない)に出て、確か左手に海が見えたのですから、たぶん、海岸線に沿ってを南下して行ったのだと思います。

行くにつれ人家もまばらな田舎の風景となってきました。それでも海水浴客の車が時おり私を追い越していきました。

そこが何という浜だったのか、ずいぶん歩いたようにも思いましたが、実際には2、3駅分の距離だったでしょう。

松林の向こうに砂浜が見え、人々が泳ぐのが見えました。

日が長い夏とはいっても、鈍行に歩きの旅、松林の中ではもうヒグラシが鳴いていました。

私は、その林の中を今夜のねぐらと決めました。林の中に入り、ビニールシートを敷き、さらにその上に寝袋を置きました。

昼間の疲れで私はすぐに眠りに落ちました。

目が覚めたのは夜の10時くらいだったと思います。とたん腹がへってきます。

ほんとは海の家にでも出ていって、そこでラーメンでも食べるつもりでしたが、こんな時間ではもうどこも開いてはいないでしょう。

ときおり砂浜で花火をあげる音が微かに風に乗って聞こえていました。波の音も合間って何やら無性に人恋しくなるような淋しい音でした。

私は駅で菓子パンでも買っておけばよかったと、ぼんやり寝袋の上に座っていました。

そんな所へ、通りの方から夜泣き蕎麦のラッパの音が聞こえてきました、シーズンのこの時期、観光客目当てに流しているのでしょう。

渡りに船とばかりに私は、ザックと寝袋をそこに置いたまま、貴重品だけを持って通りに出ていきました。

そこで食べたラーメン、美味しかったです。

普通の具に、その土地らしくワカメが多めにのってて、貝などを出汁につかっているのでしょう。いまだに憶えてます。

それを食べ終わり、私は満足して寝床にもどりました。

三メートル程近付いた時、私はドキッとしました。私の寝袋の上に、誰かが座っていました。

驚きながらも懐中電灯を向けますと、そこには一人の男の子が座っていました。この真夏に青いトックリのセーターを着ていました。

そして、さらに周りを照らそうと一瞬それから灯りを外し、再びそこに灯りを向けたとき、その子の姿はもうありませんでした。

その夜は、まんじりともせず明け方を迎えました。

それでも、いいかげん明るくなってから、私は寝てしまいました、次に起きたときにはもう正午を回っていました。

昨晩のような気味の悪い経験をした私は予定を切り上げて、早々に家に帰ることにしました。

駅に着き、たしか銚子でしたか、当時その駅には待合室がありました。

海水浴場といっても当時は列車の本数は少ないです。私は次の列車が来るまで、その待合室で時間を潰す事となりました。

その時そこにいたのは私だけでした。

いつの間に入ってきたのか、向かいの席に、七十は越していたんじゃないでしょうか、一人、老人が座っていました。

その老人は私を見てニッと笑い、私の隣に席を移しました。そして、私に向かい、タバコをねだりました。

私は高校生でしたが、しっかり持っていました、そして老人に一本差し出し火を点けてやりました。

やがて老人は、うまそうに煙を吐き出すとオトコはなココを使えばウマくいくんじゃ、ココをツカワネバ

そう言って私の股間に手を置いたのです。あまりにびっくりして、私は手を払うこともできませんでした。

そして、その老人は容易ならざる事を、まるで世間話でもするように淡々と話し始めたのです。

彼の話はこうです。

ご推察の通り彼は昔から男色家で、特に少年や若い子が好みだそうです。確かに当時の私は色白で華奢な、街を歩いていても、よく女の子と間違われました。

それは四十年近く前の事だったそうです。冬の夕暮れ、彼は海岸で砂と戯れている少年に出会ったそうです。

当時からそんな趣味の彼は、その子を松林に誘い込み、いろいろとイタズラをしたそうで、帰る段になって、彼は事のばれるのが恐ろしくなって、その子の細い首に手を掛けたそうです。

近くの漁師小屋からスコップを持ち出して、死体は松の木の根元に埋めたそうです。

普段ならホラ話として片付けるような話ですが、昨夜の事があったばかり、しかも話を聞いていると、どうも昨晩寝たあの辺りのような気が。

当時、警察が動いたのか、遺体は発見されたのか、そもそも事件にすらなったのか老人はその後も何も変わることなく今日まで日々を送ったそうです。

私は恐ろしくなり、その場を立ち上がり、なけなしの金を出して、待合いのタクシーをつかまえて一つ先の駅まで乗りました。

タクシーが出るとき、待合室を見ると、老人は無表情にじっとこちらを見ていました。

たいして怖くもなく、長いだけの文章を失礼しました。

ただ私は時々思います。

少年は今もあの松林の中に埋まっているのだろうか。

今はもう生きてはいないだろうあの老人、実は今も旅をする者を捕まえては、あの話をしているのじゃないだろうか、と。


引用元:http://syarecowa.moo.jp/162/11.html