不気味
11/02/05
これは怖いというか、自分には教訓みたいになってる話。だからそういう話だと思って見ていただけたらありがたい。

もう十数年以上前の話だけど今でもハッキリ覚えてる、というか忘れたくても忘れられない記憶。

こうしてネットとかで語る分にはまだ大丈夫だけど、口にするのはいまだにちょっと抵抗がある。まあ、自分自身が直接経験した恐怖ってわけじゃないんだが…

当時自分は、田舎にあるけどやたらでかい大学の学生だった。

2年生の夏休みにいつも遊んでる仲間と会う事になった。

多い時には15人くらい集まるんだけど、ちょうどお盆で帰省してる連中も多く、集まったのは自分をふくめて6人。男女三人ずつだった。

いつもに比べて人数が少ないし、金もないということで家飲みになった。

Tという明るいムードメーカーが住んでいる1DKの学生アパートにみんな集合して、冷房ガンガン効かせながら鍋(水炊きだったと思う)をしながら飲んだ。

「今日は周りの部屋の人帰省していないみたいだから、存分に騒げるぞ」

ってことで遠慮なく飲んでみんなで大騒ぎしてた。かなり悪酔いしてたと思う。

で、ちょうど0時前くらいだったかな?Tが心霊スポットに行ってみないかと言い始めた。

仲間でつるんで真夜中に飲んでたらこういう展開はよくあるのかもしれないが自分は初めてだった。

Mが興味深々な目で

「お?どこのことだ?」

と身を乗り出してきた。

「××の少し奥に行った所にある〇〇という施設の廃墟だ」

とTは言った。

Mも俺もみんなも、「ああ、あそこか」と納得した。そこは地元ではけっこう有名な心霊スポットだった。

あくまで人から聞いた話で、詳しく知ってるわけじゃないんだが、いまは廃墟になってるそこは、元は精神疾患のある人間の療養所だったらしい。

療養所というと聞こえはいいが、要するに危ない人間の隔離施設。しかし、この話の時代よりさらに10年以上前に閉鎖されたということだった。

そういう施設なので、閉鎖された理由は様々な憶測や噂が流れた。

入居者に施設のスタッフがひどい虐待を日常的にしていたとか、女の入居者は男のスタッフに襲われていたとか。そして死人が何人も出たが、その死因をごまかしていたとか。

そういう施設が閉鎖された原因の噂としてはよくありそうな内容だった。

Tはそこに行ってみようと言い出したのだ。

Mはノリノリで

「お~。いいね~。俺も前からちょっと気にはなってたんだ」

とか言ってテンション上がってた。
女の子達は

「え~。どうしよう~」

と戸惑いながらも興味があるのか、顔は笑ってて盛り上がってた。

一人だけまったく乗り気じゃなかったのは俺だけだった。俺は霊とかそういうたぐいのものが昔から大の苦手だった。

真夜中にそんないわくつきの心霊スポットに興味本位で行くなんて絶対嫌だ。

そんな俺の様子に気が付いたのだろう、Mがニヤニヤしながら

「なんだ~?N(俺の名前)。お前ビビってんのか~?」

とからかうように絡んできた。図星だったが、認めたくなかったので最初は

「いや、別に…」

などと適当にごまかしていたが、Mが

「おいおい~(ニヤニヤ)やっぱりK空手の黒帯はそんなもんか~?」

などと嫌な事を言い始めた。

Mが言うように自分はK空手(フルコンで有名な某空手流派)の黒帯だった。

自分は小学生くらいまでとにかく泣き虫の弱虫で、いじめられる事も多かった。それが嫌で、中学生になってから空手を始め、それなりに強くなったと思う。

が、根本的な性格というのはやはり変わらないのか、気が小さいというのは同じだった。特に前述したように、霊的なことは大の苦手だった。

しかし、そこをからかわれるのは自分にとって一番悔しいことだ。確かに自分は気が小さく臆病で、そしてそれが子供の頃から大きなコンプレックスだったのだ。

だから「ビビリ」とか「臆病者」とか言われるのは自分にとっては耐え難い屈辱で、口に出して「怖いよ」とは認めたくなかった。

でもMはさらに「そこ」をしつこく突いてきた。

「正直に怖いって言えよ~。え~?K空手よ~」

などと絡んでくる。

なんでこんなにK空手を強調してくるのかはわかっていた。実はMもS空手(同じくフルコンで有名な流派)の黒帯だったのだ。

それでMと仲良くなったというところもあるのだが、それがゆえにMはちょくちょく対抗心を出すかのように自分にそのネタで絡んできた。

もちろん冗談半分だったと思うけど、それでも自分には屈辱だった。臆病者と思われるのも、苦労して稽古してきた空手を悪く言われるのも、ダブルで屈辱だった。

さらには女の子達もいる前で「ビビってる」と思われるのはプライドが耐えかねた。

少し頭に来て、

「怖くねえよ!行ってやるよ!」

という言葉が喉元まで出かかったが、実際には

「ああ、怖いんだよ」

と言って正直に怖いことを認めた。
するとMもTも、

「あ、やっぱり(ニヤニヤ)」

「おい~w。K空手が泣くぞ~」

などと好き勝手にからかわれた。酔っているとは言え、散々な言われようで腹も立ったが、そこはぐっとこらえて

「とにかく俺は怖いからいい。お前らだけで行けよ」

とキッパリ断わった。
すると、A美も

「私も怖いからいいよ…」

と行くのを拒否した。

その後もいろいろからかわれたり一緒に行こうなどと言われたが、最終的にTとM、女の子はY子とR子の4人で行く事になり、俺とA美は残る事になった。

4人は最後まで

「この二人だけにしていいのか~?w」

「帰ってきたら抱き合ってるなんてやめてくれよ~w」

など言いたい放題言って、

「一時間ほどで帰る。それで帰ってこなかったら幽霊にやられたと思ってくれw」

と言い残し、テンション上がりっぱなしでTのワゴン車で出て行った。

(思いっきり飲酒運転だったが、当時は法律も今よりずっと甘く、飲酒運転の罪悪感も今より薄かった…)

A美と二人っきりになったが、言われたような怪しい雰囲気になることもなく、深夜テレビを見ながら二人で他愛のない話をして過ごした。

そして一時間はあっという間に過ぎたが、4人はまだ帰ってこない。

俺は冗談で

「ホントに霊になんかされたかな?」

とか言っていたが、それからさらに一時間経過しても帰ってこない。これはちょっと洒落にならないか?と思ってたらA美も不安そうな顔で、

「ねえ、ちょっと遅くない?」

と心配し始めた。

「そうだよな」

と俺も心配になり、携帯に連絡してみた。が、繋がらない。繋がらないと言うのは電話に出ないとかじゃない。

呼び出し音もしないし、「お掛けになった電話は電波の繋がりにくい状態にあるか~」とかいうアナウンスもない。

さらには「ツー・ツー」という話中のような音もしない。とにかく、発信してみても何の反応もないのだ。おい待て、こんなことあるか?と少しゾっとした。

A美も自分の携帯から連絡してみたが、全く同じ状態で、

「絶対おかしいよこんなの」

と青い顔でなかばパニックになってた。しかし、どうしていいのかわからない。

車はなかったので現場に行く事もできないし、何が起きてるかもわからないのに警察などに届けるのもためらわれた。

そうこうしている内に3時間が過ぎた。何度やっても電話は相変わらず全く無反応。

A美がさすがにもう警察に言おうと必死に言ってきたので、自分ももうそれしかないかと思ってたときだった。

俺の携帯が鳴った。あわてて表示を見ると、Tからだった。俺はホッとして「Tだよ」とA美に言うとA美もホッとしたようだった。

やれやれと思いながら電話に出たのだが、何も聞こえてこない。何だ?と思いながら俺が

「おい、お前らなにやってんだよ。何時間たってると思うんだ?」

とさすがに怒って言った。が、やはり何の反応もない。

周囲の雑音というか、「サーッ」という空気音だけが聞こえる。不気味で怖くなってきて

「おい、ふざけるなよ。なんとか言えよ。どこにいるんだよ?」

と言ったが、やはり反応がない。

自分は完全に怖くなって何も言えなくなってしまい、携帯を耳に当てたまましばらく固まっていると、雑音の中から小さいけどはっきりした声で

「カエス」

という言葉が聞こえた。
は?と思ったが、そこで

「ブツッ…ツー・ツー」

と電話は切れた。

「おい」と言ったが、もう電話は切れている。何の反応もない。

「カエス」と確かに声は言った。しかし、その声は聞き覚えのないものだった。短い言葉だったが、聞いた事のない、とにかく異質な声だった。

TのものでもMものでもY子のものでもR子のものでもない。そもそも男か女かもわからない。なんだか抑揚のない、発音もしっかりしてない、まるで機械がしゃべったような声だった。

カエス…返す?帰す?それとも他の意味?そもそもどういう意味なんだ?

(嫌な事にこの声はなぜか今でもハッキリ覚えていて、思い出すとまだ震えが来る)

A美が「何?」という顔で俺の顔を見ていて、それでようやく我に返り、Tに連絡しなおそうと着信履歴から番号を出そうとした。

が、Tの着信履歴に残ってない。おかしいと思ったが、何度確認してもやはり履歴に残ってなかった。

「おかしい。履歴にない。表示は確かにTだったのに」

と言うと、A美は

「え?どういうこと?T君じゃなかったの?なんだったの?」

とおびえた声で聞いてきた。でも説明ができない。

とにかくもう一度連絡し直そうと、発信履歴の方からTに電話した。すると今度はちゃんと呼び出し音がした。

それには少し安心したが、ただ呼び出し音が鳴るだけで誰も出ない。何度も繰り返し電話したが、ひたすら呼び出し音が鳴るだけ。

A美もY子やR子に電話してくれたが、これもまた同じだった。2人の不安はもう限界になって、110番をしようと決めたまさにその時だった。

アパートの部屋の前にTのワゴン車がものすごい勢いで止まったのがわかった。ああ、帰ってきたかと一瞬ほっとしたが、様子がおかしかった。

車をアパートの駐車場に入れる事もなく、エンジンもライトも点けたまま、ドアが開いてバタバタとあわただしく降りて来る音がしたのだ。

ん?と思ってると、

「ドンドン!」

と部屋のドアをもの凄い力で叩く音と、

「おい!開けろ!開けてくれ!」

というTの悲鳴みたいな叫び声がした。なんだ?と思いながら急いでドアを開けると、MとTが

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ~!」

とか声にならない叫び声を上げて、靴も脱がずに部屋に飛び込んできた。

「おい…」

と俺が言うのも聞かず、Mは部屋の奥に行って、

「あ~!あ~!あ~!あ~!」

と頭を抱えてうつ伏せになり泣き叫んでた。

さっきも言ったように、Mも空手の黒帯で体もでかくてゴツい。なのにそんな体を丸めて、悲鳴のような声をひたすらあげる。

Tの方はトイレに行ってげえげえとゲロを吐き、さらに

「ちくしょう!なんだよ!ふざけんなよ!」

と意味不明なことを大声で言っている。

何がなんだかわからず、俺がドア付近にぼうぜんと立っていると、R子が全身が脱力したようにフラフラしながら部屋に入って来た。

A美はTとMの尋常じゃない様子に手を口に当て、ただ泣き顔になってたが、そんなR子を見ると我にかえったのか、

「R子!」

とR子に飛びついた。そして、

「ねえ!どうしたの?何があったの?」

となかばパニックになりながら、R子にしがみついて聞いた。が、R子の顔を見て俺も、A美もハッとした。

目がうつろで見るべきでない方向を見てた。表情にもまったく抑揚がなくて、放心状態だった。

R子はゆっくりと台所の真ん中あたりまで行くと、壁にすがり、そのままズルズルと床にへたり込んだ。

A美も俺も恐怖で体が固まり、動けなかった。が、そこでY子がいないことに(ようやく)気が付き、青くなった。

「おい!Y子は?!どこいる?!」

と大声で言ったが、誰も答えられるような状態じゃなかった。

まさか、置いて来たのか?とゾッとして、やっと体を動かし、あわてて車まで行った。すると、Y子が助手席に座っているのが見えた。

置いてきたわけじゃないんだなと、とりあえずホッとした。助手席のドアを開けて

「おい、Y子!」

と大声で言ったが、車の中にものすごい臭いが充満していて思わず顔をそむけた。明らかに大便の臭いだった。そしてそれは、座ってるY子の下半身から臭ってくるのがわかった。

暗くてよく見えなかったが、どうやらY子が漏らしているようだ。

俺は思わず、

「うわ…!」

と声をあげたが、そんな場合でもないと思い

「おい!Y子!」

とY子の体を揺すったが、Y子は目をつむったまま全くの無反応。口がだらしなく開いていて、よだれが大量に流れている。

これはもうただ事じゃないと、体が震えた。

救急に連絡しようと、部屋に戻ると、さっきより静かになっていた。R子は台所の床にへたり込んだままで放心状態。

Tはトイレにいて、さきほどとは違い静かになっていたが、しゃがみこんだままやはり放心状態でトイレの壁にすがり、うつろな目で天井を見ていた。

さらには小声でブツブツと不気味に何かをつぶやいている。

Mも静かにはなっていたが、相変わらず体を丸くしてうつ伏せになったままで

「ひぃ、ひぃ」

と泣きながら小さく悲鳴をあげていた。A美もパニックになってるようで口に手を当てて声を押し殺すように泣いていた。

誰かに話しかけられるような状態じゃなかった。出掛ける前までみんなあんなに楽しそうに盛り上がってたのに、いまは地獄絵図のようだ。

とにかくこれはもう尋常じゃないと思い、外に出て(怖くて中にはいれなかった)やっとの思いで救急に連絡した。

救急車が来るまでの間、自分はどうしたらいいかわからず、ひたすら外をうろうろしていた。正直何をしていたかここだけはあまり覚えていない。

しばらくして救急の人が来たけど、その状態を見てさすがに顔がこわばってた。何があったか聞かれ一応説明したのだが、俺もパニックになっていて支離滅裂だったな…

それでもなんとかわかってもらい、全員病院に移送できることになったが、事件性があるかもしれないから警察に連絡した方がいいと言われ、警察にも連絡した。

警察が来るころにはA美もなんとか事情を話せる状態にはなっていた。(救急隊員の人には病院に行くかと聞かれたが、大丈夫だと断わったらしい)

とりあえず警察にも説明したが、事情が事情なので警察の方もどうしていいかわからないといった様子だった。

ただ、警察はT達が車の中でドラッグでもやってたんじゃないかと疑っていたようだ。

結局それらしいものは何もみつからなかったし、それ以外にも事件性を疑わせるようなものもなかったらしく、警察の方はとりあえずそれで何もなく終わった。

でも問題は4人のその後だった。
全員そのまま入院した。

家族などから容態を聞いたのだが、医者の話では恐怖感で精神錯乱になったのではないかと思うが、それにしてもよくわからないと頼りない説明だったという。

親などからは自分とA美に説明を求められたが、自分もA美もただあったことをそのまま話すしかなく、もちろんそれで親が納得できるわけではなかったが、自分達に聞いてももう仕方ないと思ったのか、しばらくするともう何も言ってこなくなった。

でも、4人が入院してからの事態は深刻だった。

ああ、さすがに思い出して鬱になって来たな…今までの記憶ももちろん嫌だが、ここからが自分にとって一番鬱なんだよな…

まずTが死んだ。自殺だった。

入院してわずか2日後にいきなり部屋から飛び出し、階段を駆け上がって最上階の窓から飛び降り自殺したらしい。

入院してからはおとなしくしてたので一般の病棟で様子を見てたらしいのだが、本当にいきなり叫び声をあげながら部屋を飛び出して、止める間もなかったという。

そしてMも死んだ。これは今でもよく死因がわからないらしい。

やはり一般病棟でおとなしく入院してたのだが、入院してちょうど一週間後に、こちらもやはり突然何か奇声のような声を上げてベッドの上で暴れ出したかと思うと、急にぐったりとなり、そのまま亡くなったそうだ。

R子は精神状態がひどく、その手の病院に移送されて入院したということまでは聞いたが、その後の事は全く知らない。

そして、Y子だが、こちらは一番まともで、結局一週間入院しただけで退院できた。ただ、その後も精神が安定することがなく、精神科に通院はしているという。

そして、大学もやめてしまった。

大便をもらしていたことはまったく記憶にないらしい。何らかのショックで失禁したのかもしれないが、その「何らか」が何なのかが結局わからない。

一度だけ、A美とその時はいなかった他の仲間とでY子に会いにいったことがある。(他の連中には警察や親とか以上に何があったのかあれこれしつこく聞かれてうんざりした…)

夏休みも終わり、11月になってからで、行っていいかどうか迷ったが、Y子が構わないとのことで会いに行った。

Y子は比較的元気そうで、よく笑って話してくれた。あの時の話はもちろん出さなかったが、大して気にしてるようにも見えなかった。

ただ、結局何があったのかだけは話さない。両親が慎重に聞き出そうともしたが、泣いてパニックになったのでもう聞こうとはしなかった、と。

あの時何があったのかを知っていて(比較的)まともなのはY子だけなのだが…そのY子にはそれ以来会ってないのだが、とにかく生きていることだけは確かなようだ。

A美とはまだ連絡を取り合っていて、結婚して子供もいる。

でもあの時のことはいまだ思い出したくないらしく、以前電話で少しその話題になりそうになったときも

「その話はやめて!」

と強く断わられた。

俺もその後は普通に就職して普通に結婚した。子供はまだ。いまは普通に生活しているが、あの時の事はもう誰にも話していない。

不思議なもので直後はけっこういろんな人に話したりしてたのだが、時間がたつとなぜか話すのが苦痛となり、話さなくなった。

ただ、実はあの時かかってきた電話の内容は誰にも話してない。A美にも話すタイミングをなくしてしまった。ここで書くのが初めてとなる。

あの機械のような不気味な声。

「カエス」というのはやっぱり「お前らのところに帰して(返して)やる」ということだったのか?

でも確かに帰っては来たけどさ…

最後に、最初にも言ったように、この出来事は自分にとっては教訓となっている。

つまり、例えバカにされようが、屈辱であろうが、やはり危ない事や悪い事は断固として断わることが大切だという事。

子供への説教みたいだが、もしあのときつまらないプライドにしがみついて一緒に行ってたら自分もどうなってたかわからない。

「断わる力」という本が話題になったが、あれはホント。勇気を出して断わる決断がその後を左右することになる。

ただ、そんな俺も事故で左足が膝下からなくなったんだけど。