月、夜、ホタル、怖い話

235本当にあった怖い名無し2012/03/29(木)16:59:38.05ID:+k9VQJgE0
僕が大学生だった頃、バイト先だったバーのお客さんの話です。

Kさんはその店に割とよく来るお客さんで、当時20代後半の会社員。僕と同じ茨城出身の人でした。ちょうど今頃の季節で“蛍”が話題にのぼり、

「僕の地元は2、3年前までいっぱいいましたよ」

「俺の実家の近くじゃ、全然見れないんだよな。いいなぁ、蛍。見てえなぁ」

と話をしたのです。


・・・一月ほど後。
久しぶりに店に顔を出したKさんが、他のお客さんがひけた頃合いをみて、

「笑ってくれてもいいんだけど・・・」

といってポツポツと、淡々と、マスターと僕に語りはじめました。

前に来店してから程なくして、夏期休暇のKさんは実家に帰省したそうです。ある夜、やはり蛍が見たくなったKさんは、一人で車で出かけました。

同じ茨城といっても、Kさんの実家と僕の地元とはかなり離れていたため、
Kさんは知り合いに訊いて、蛍が見られそうな場所を教えてもらったのです。

車で3、40分ほどの距離にあるそこは、山のふもとの農村地帯でした。民家もひとかたまりずつ、まばらに点在するばかり。

ぼんやりと月が出ていなかったら、きっと真っ暗。そのかわり蛍はホントに、かなりの数がフワリフワリと飛んでいました。

Kさんはできるだけ民家から離れた、山沿いの野道に車を入れて停め、家から持ってきたお酒を飲みながら蛍を眺めていたそうです。“風流だなあ”と大満足でした。

そのまま、いい感じに酔ったKさんは、ちょっと酔いを醒ましてから帰ろうとしているうちに車の中でうたた寝をしたらしい。

尿意を催して目が覚めたときは、0時をまわっていたそうです。


236本当にあった怖い名無し2012/03/29(木)17:00:43.99ID:+k9VQJgE0

「車の外に出て用を足した後、せっかくだから蛍を捕まえて帰りたいと思ってさ。その野道をちょっと進んだとこに蛍がいたから、そーっと近くまでいって・・・。そのとき、見えたんだよ」

その野道の左側は田んぼ、右側はそのまま山につながっている雑木林。Kさんが車を離れて歩いていったちょうど横に、山に入る細い道があった。

雑木林の中を、まるでトンネルのように山に向かっている小道・・・。その道の奥の方で、何かがふらりと動いた気がした。

「?」

月明かりがまばらに落ちているとはいえ、林の奥はなお暗い。暗さに慣れた目で確かめようとしながら、自分の『夜中に、こんな場所に一人きり』という状況に突然、猛烈に怖さが湧き上がってきた。

・・・ふらり。

間違いなく、見えた。林の奥で動く、人影のようなものが。寒気が走って全身にゾワッと鳥肌が立った。


237本当にあった怖い名無し2012/03/29(木)17:01:22.10ID:+k9VQJgE0

「ヤバイ!って思ったんだ。なのに、体がすぐには動かない。で、だんだんよく見えてきたんだ、それが」

ボロ切れのような布を身にまとった、“人”のようなもの。それが、ふらり、ふらり、と揺れながら、ゆっくりとこっちに近づいてくる。

Kさんはやっと動き出した。だけど、走って逃げ出したいのに体がいうことをきかない。水の中にいるように足が重くて、渾身の力を振り絞っているのにギクシャクと歩くようにしか動けない。

車に向かって、全力で・・・、歩く。
“いやだ、いやだ、いやだ、いやだ・・・”

パニックになったKさんは、心の中で叫びながら、後ろを振り返ったまま懸命に野道を戻ろうとする。雑木林の細道から、それが月明かりの中に現れないよう必死に祈りつつ。

でも、それはやはりゆっくりと、林から出てきた。それとの距離は、明らかに縮まっていた。


238本当にあった怖い名無し2012/03/29(木)17:01:57.73ID:+k9VQJgE0
ハッキリと、見えた。

ボロ切れのようになった、昔の狩衣(かりぎぬ)のようなものを身にまとい。顔には、面。だけど、木の面には何も彫られていず。

目の部分にも穴すらあいていない。面は、縄のようなものでぐるぐる巻きに縛りつけられている。人間なら、前なんか見えっこない。

なのにそれはスーっと体をまわし、まるで見えているかのように正確にKさんの方に歩きだした。

ほとり、ほとり、左足と右足をゆっくりと交互に踏み出して、そのたびに体を不規則に揺らしながら。

Kさんがやっと車に潜り込んだときには、“それ”がもし走ったなら、一瞬で追いつかれてしまうほどの近さだったそうです。

ずっとエンジンかけっぱなしだった車をすぐにバックさせて、(このときも林に突っ込みそうになったり、大変だったらしい)事故るんじゃないかってスピードで逃げ帰ったそうです。

いやだいやだいやだ・・・と、心の中で叫びながら。


239本当にあった怖い名無し2012/03/29(木)17:02:18.38ID:+k9VQJgE0
マスターも僕もさすがに笑いとばしたりはしなかった。

逆にKさんも、未だに怯えてたってわけでもありません。ただし、それ以来、Kさんは東京でも残業で遅くなった会社など、ちょっとした暗がりや人気のないところでもビクッとするようになったらしい。

「アパートの部屋も、出かけるときに電気をつけていくんだよ。じゃないと、帰ってドアを開けたときに、そこにいそうでさ」

その後、少なくとも僕が知る限りでは、Kさんは再びそれを見ることはありませんでした。





転載元:死ぬ程洒落にならない話を集めてみない?